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「地獄子、今からデートすっぞ」
という小守からのLINEとともに、待ち合わせ場所の公園が送られて来た。
私は押し入れの奥から引っ張り出してきた私服に着替え、箒に跨って待ち合わせ場所へと向かった。
一般人に見られなくなってくれたおかげで、こうして人目を憚らず空を飛ぶことができるのだから便利だけど、なんだか少し複雑な気分。
目的地の公園を見つけ、ゆっくりと高度を下げる。箒が着地すると、周囲に強い風が吹き荒れた。
「おせーぞ地獄子!!」
紫色のギザギザツインテールを風に揺らしながら、小守が不機嫌そうに腕組みをして立っていた。
小守はまるでパンクバンドのボーカルか地雷系モデルのようなファッションを完璧に着こなしている。
黒いビッグシルエットのパーカーの首元から、紫と黒のボーダー柄をチラリと覗かせ、首元にはシルバーのリングが光る黒のレザーチョーカー。ボトムスは鮮やかな紫のチェック柄のミニスカートに、黒のサスペンダーとベルトがジャラジャラとあしらわれている。
「ごめん!! 服選ぶのに時間がかかって……」
ポンッと箒を消しながら、私は頭を下げた。
実は、私はずいぶん久しぶりに ゴスロリではない私服姿で外出した。
周りに見られることがなくなって、自分の正体を隠す必要が無くなったからだ。
今の私を視認できるのは、魔力のある者か、あとは犬や猫などの動物くらい。
私の知り合いだと、天国美、楓子さん、そして小守の三人くらいしかいない。
「ふーん」
小守が、私の私服姿を頭のてっぺんから足の先までじろじろと見つめてくる。
「な、なに……?」
私は慌てて自分の体を隠すように身を縮める。
着てきたのは、クローゼットの肥やしになっていたネイビーブルーのシンプルなサマーニットに、ベージュのロングスカート。上からグレーのカーディガンを羽織っただけの、なんとも地味で野暮ったい組み合わせだ。
自分のクソダサ私服を人に見られるのがこんなに恥ずかしいなんて……。
これならさっき天国美に頼んで、魔法でゴスロリ服に変身させてもらえばよかった。
こんなクソダサ私服、スク水で歩いた方がいくらかマシだ。
「いや、流石のオレも、スク水着て外出する奴と一緒に出歩きたくねーぞ?」
小守が呆れたように肩を竦める。
「それに、言うほど変でもねーよお前の私服。お前っぽくて似合ってんじゃね?」
「あ、ありがとう」
「ほら、Lesson 4だ。時間ももったいねーしさっさといくぞ」
そう言って、小守がスッと右手を差し出す。
その小さな掌を、私はきょとんとして見つめる。
「……何ぼーっとしてんだよ。ほれ」
待ちきれないと言わんばかりに、小守が私を急かすように手を繋いできた。
ぎゅっと握られたその手は、私よりも少し小さく、指先は女の子らしくて、ほんの少し骨ばっていた。
手のひらから、確かな温もりが伝わってくる。
「Lesson 4は、これまでの修行の総まとめだ。地獄子には、これからオレと1日ずっと手を繋いでデートしてもらう。他人の温もりを四六時中感じて、魔力の暴走を抑える訓練だ」
小守は前を向いたまま、繋いだ手をぐいと引っ張っる。
「まずは猫カフェ行くぞ。付いてこい!」
「あ、ちょっと待って……っ」
引っ張られるままに、私は小守の後に続いた。
「いらっしゃいませー、一名様ですね?
こちらの奥の席へどうぞー」
「……おう」
猫カフェの店員のお姉さんに案内され、私たちは猫カフェの一番端にある、日当たりの良いローソファに腰を下ろしていた。
小守の左手と私の右手は、移動中も、席についてからも、ずっと繋がれたままだ。
受付で買った猫用のおやつをローテーブルに置き、私たちは猫たちが近づいてくるのをじっと待つ。
(本当に、見えてないんだな。店員さんにも、他のお客さんにも)
小守がテレパシーで私とやりとりする。
私のすぐ横を店員さんが通り過ぎていくが、一瞥もくれない。注文した飲み物も、小守が二人分を頼んで席まで運んできてくれた。
少しずつ、少しずつ世界から自分が消えていく恐怖。
けれど、繋がれた小守の手のひらからは、ドクドクと確かな生命の脈動が伝わってくる。
それが私をこの世界に辛うじて繋ぎ止めてくれている気がした。
小守が空いている右手で、近くに寄ってきた真っ白なラグドールを優しく撫でながら、私の方を見る。
ラグドールはうっとりとした表情で喉を鳴らし、小守が差し出したカリカリのおやつを美味しそうに食べていた。
「うん……数日前から、完全にこんな感じなの」
私の声は、隣にいる小守と、猫たちにしか届かない。
(覗きし放題じゃん。よかったな)
小守がパーカーの萌え袖になった右手で口元を抑え、ししし、と意地悪そうに八重歯を覗かせて笑う。頭の中で直接響く彼女のテレパシーに、私は思わず声を荒らげた。
「よくないっ!! ってか覗かないわよっ!!」
私の突っ込みの勢いに驚いたのか、小守の手のひらの下にいたラグドールがピクッと身体を強張らせて跳び上がる。
「ああっ、ごめんね!? あなたに怒ったわけじゃないの……」
慌てて両手を振って謝る私を見て、小守はさらに肩を揺らす。
(ウケケ!! しっかしめんどーな呪いだよなー。せっかく魔力のコントロールができるようになったっつーのに、今度は呪いのせいで一般人に見えなくなるなんてよぉ)
「うん……」
(そうなってくると、お前の『運命の相手』ってのは必然的に黒魔術師かぁー? ……だけどなぁ、黒魔術師っつーのは一癖も二癖もある奴ばっかだからなぁ……)
小守はラグドールのお腹をごろんと仰向けにさせてよしよしと撫でながら、難しい顔で眉根を寄せた。
「黒魔術師って、そんなに変な人ばかりなの?」
(そりゃそーだろ。いいか? 黒魔術ってのは元を正せば『負の感情』を燃料にした力なんだぜ? 大抵の黒魔術師は、自らの負の感情にのまれて発狂するか、人目のつかない場所でひっそり死ぬかのどっちかだ)
小守はそこで一度言葉を切り、鋭い琥珀色の瞳で私を真っ直ぐに見つめてくる。
(逆によくそんな、ドス黒い負の感情を抱えながら発狂せずに生きてこられたな、お前)
「……そんなことないよ。私はただ、お母さんや、周りの人の迷惑になりたくなかったから。なるべく喋らず、人と関わらず、自分を小さく縮こまらせて生きてきただけ」
私はそう言って自嘲気味に目を伏せ、ネイビーブルーのニットを握りしめる。
私のこれまでの人生は、ただ透明になろうとするための時間だった。
すると、私の足元にいた気まぐれなマンチカンが、ひょいっと軽い身のこなしで私のベージュのロングスカートの上に飛び乗ってきた。
そのまま私の膝の上で丸くなろうとする猫を見て、私はどうしていいか分からず固まる。
(撫でろ、ってことなんじゃねーの? 猫は人間の気持ちに敏感な生き物だからな)
小守がぶっきらぼうにアドバイスをくれる。
私はおそるおそる、震える右手でマンチカンの背中に触れる。柔らかい毛並みの奥にある、小さくて、驚くほど温かい体温。
……天国美や、小守と同じ、生きている温もり。優しい気持ちが胸に広がる。
「……楓子さんは、あれだけ凄い黒魔術師なのに、私たちのことも無償で助けてくれるし、本当にすごい人だよね。まるで本物のヒーローみたい」
私が膝の上の猫を撫でながら何気なく呟くと、小守は急に猫を撫でる手を止め、遠い目をする。
黒いレザーチョーカーの首元が、微かに緊張で強張る。
(そうでもねーよ。……ママのヒーロー願望は、ほとんど病気だぜ)
「え……?」
(オレはママに使い魔として召喚されてから三年間、あの人が眠ってるところを一度も見たことがない。四六時中、片っ端から黒魔術で人を助けて、YouTubeでは素人でもできる黒魔術や占いを欠かさず投稿してる)
小守の声から、いつもの茶化すような軽さが消えていた。
(オレは一回だけ、ママになんでそこまでするのか聞いたことがあるんだ。そしたらあの人、なんて言ったと思う? 『ヒーローは休んじゃいけないんだ』って、いつもの余裕ぶった顔で笑ってみせたんだよ。……別にアンパンマンにだってオールマイトにだって休日くらいあるだろと思ったけどさ。それ以上は追求できなかった)
小守ははがゆそうに、自分の厚底ブーツのつま先を見つめる。
(何があの人はそこまで駆り立てるのかはオレにも分からねぇ。……あるいは、無茶なヒーロー活動を限界まで続けることが、ママにとって、どうしようもない負の感情から逃げるための唯一の手段なのかもな)
(……まぁ、逆に言えばさ。ママは本気でお前たち姉妹のことを助けたいって思ってるってことだ。だったら、あの人の使い魔であるオレも、全力でお前をサポートする。……それにさ)
小守はそこでフイとそっぽを向き、繋いでいない方の右手で自分の頭をガシガシとかく。耳のあたりがほんの少し赤くなっているのが見える。
(地獄子は、オレの友達だからな)
「えっ……私と小守って、友達だったの……?」
私が素直な疑問を口にすると、小守はガタッとソファを揺らしてこちらを振り向いた。
琥珀色の瞳を大きく見開いて、頭の中で大声が響く。
(おい……おいおいおい! それを本気で言ってるならマジで傷つくぞお前……っ!?一緒にマック行ってクレープ食べて、空飛んでお前の血を吸って、海で遊んで命の危機を一緒に切り抜けたんだぞ!?
…….オレはお前のこと、もうとっくに親友だと思ってんだけど)
怒涛の勢いでこれまでの思い出をまくし立てる小守のテレパシーに、私の胸の奥がじわじわと熱くなっていく 。
「……ありがとう、小守」
(ケッ、礼とかいいっつーの)
繋がれた小守の手のひらから、ギュッと少しだけ強い力が返ってくる。その小さな骨ばった手の温もりが、私の震える心をしっかりと支えてくれているようだった。
タイムリミットまで、あと36日。
私にはまだ、「真実の愛」が何なのかすら分かっていないし、自分の身体は少しずつ世界から消えかけている。
だけど、私にはいつの間にやら、こんなにも心強い親友ができていたようだ。
底の見えない暗闇の中に、ぽっと小さな、けれど絶対に消えない温かい光が灯るような、そんな心強い気持ちが私を満たしていった。
コメント
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小守が「オレの友達だからな」って言ったところ、めっちゃグッときたよ〜😭💕 一緒にマック行ったりクレープ食べたり、空飛んだり、血吸ったり(?)してきた思い出の積み重ねが、ちゃんと「親友」って言葉になってるの、尊すぎる…! 手を繋ぎながら猫カフェデートとか、修行って名目でも胸きゅんポイント高すぎてやばいよ、地獄子ちゃん照れちゃうのもわかる〜♡ 楓子さんの裏側も気になるし、続きが楽しみすぎる!
きょうふ
115
comi
778
#可愛い
トド村
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