テラーノベル
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翌日の朝、詩帆は朝早く目覚めた。
時計を見ると、まだ四時四十分だった。
いつもならまた寝てしまうところだが、
今日はすぐにベッドから起き上がり顔を洗って着替えた。
昨日、仕事を終えて家に帰る時の気分は最悪だった。
嫌な客が原因で、自分の嫌な部分まで思い出してしまう最悪な日だった。。
この負の連鎖を断ち切らねばと、詩帆はある事を決意した。
それは、今日から毎朝早起きをして海へ行き日の出をスケッチするというものだ。
最近何かと理由をつけては絵筆を握る時間が減っていた。
しかしそんな自分に喝を入れる為に、あえて毎日絵を描くという課題を自分に課した。
詩帆はジーンズとTシャツの上にブルーグレーの麻のカーディガンをはおると、
絵の具一式とスケッチブックを持ってアパートを出た。
辺りはまだ薄暗かったが、あと十分ほどで日の出の時間だ。
詩帆は日の出の際、海と空の色が絶妙に変化する瞬間が好きだった。
その風景を、毎日絵日記のようにスケッチで記録しようと思った。
今の自分はこのままではダメになる。とにかく今何かを始めなければ…
そんな思いに駆られながら海へ向かった。
アパートから海までは五分もかからない。
詩帆はずっと海辺に住む事に憧れていたので、大学を卒業してからすぐにこの地へと移り住んだ。
それから四年、ずっとこの街に住み続けている。
詩帆は、海辺で暮らす人々の様子を眺めるのが好きだった。
砂浜で犬の散歩中の人、
波に揺られて浮かぶサーファー、
老夫婦が仲睦まじく散歩をする様子や、
小さな子供を連れた親子が砂山を作ったり貝殻を拾ったり…
どれも見ていて心が癒される。
海が身近にある暮らしを楽しんでいる人達が沢山住む街。
詩帆はそんなこの街が大好きだった。
国道134号線の横断歩道を渡ると、
詩帆は砂浜へ続く裏道を入って行く。
この細い道は、地元のサーファーもよく使う道で海への最短距離だ。
この辺りにはこういった地元の人しか知らない抜け道が所々にあった。
砂浜に辿り着くと、詩帆は持って来たレジャーシートを広げてその上に画材を並べた。
準備を終えるとシートの上に腰を下ろし、スケッチブックを膝の上に置いた。
その瞬間、空の色が変わった。
東の空からはオレンジ色の太陽が昇り始め一筋の光が差した。
その光は線となり、やがて海面に一筋の道を作った。
地平線に近い部分はオレンジ色に輝き、そこから空へ向かって深いブルーのグラデーションが始まる。
オレンジとブルーの境目で滲む色彩はなんとも抒情的だ。
「マジックアワー…」
詩帆はそう呟くと、ポケットから携帯を取り出してその美しい瞬間を写真に収めた。
それから急いで鉛筆を走らせる。
海と空の配分決めるとさっと鉛筆を走らせ、左に浮かぶ江の島を画角に入れる。
波の音に重なるように詩帆が走らせる鉛筆の音が響く。
大まかなデッサンが終わると、詩帆はパレットの上で絵具を溶き始めた。
そしてすぐに着彩にとりかかる。
(今、この瞬間を捉えたい……)
その一心で、詩帆は夢中になって筆を動かし続けた。
(やっぱり私は絵が好き)
詩帆は、目の前に広がる美しい光景を眺めながら心からそう思った。
コメント
1件
詩帆ちゃん、ここからリスタートですね♪素敵な事が起こりそう😊💕