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昭和20年、夏。 空襲で焼け野原になった街に、進駐軍としてやってきたのは、かつて「敵」と呼んでいた青い瞳の兵士たちだった。
工場も家も失い、ただ生きるために闇市で糸を売っていた私の前に、一台のジープが止まる。
「Excuse me… Are you selling this?(すみません、これを売っているのですか?)」
慣れない日本語で話しかけてきたのは、若きアメリカ海軍の士官、ロバートだった。 彼は、私が泥にまみれながら大切に抱えていた、あの「青い糸」を指差した。
「……それは、売り物じゃありません。大切な、人の……」
言いかけて、言葉が詰まる。 航くんは、空に消えた。 あの日届いたノートの最後には、真っ黒な墨ではなく、涙の跡で滲んだ『ささくれ』のような文字が残されていたから。
ロバートは、私の震える手を見て、静かに自分の胸ポケットから一枚の布を取り出した。 それは、彼の母親が持たせてくれたという、古びた刺繍のハンカチだった。
「My mother told me… Thread connects people. No matter where they are.(母が言っていました。糸は人を繋ぐものだと。どこにいても。)」
「どこにいたの」「遠い空の下」
海を渡ってきた彼もまた、遠い空の下で誰かを想い、震える夜を過ごしてきた「一本の糸」に過ぎなかった。 敵と味方。縦と横。 決して交わってはいけないはずの二人の糸が、戦後の焦土で静かに重なり始める。
「……結(Yui)、というのか。綺麗な名前だ。結ぶ、という意味だろう?」
彼が私の名前を呼んだとき、心の奥に刺さっていた「ささくれ」が、少しだけ温かくなった気がした。 けれど、その温かさは、航くんへの裏切りのようにも感じられて——。
「縦の糸はあなた、横の糸は私」
私の縦の糸は、空に散った航くんなのか。 それとも、目の前に現れた、この運命の人なのか。
#糸
#糸