テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
夜だった。光は落とされ、天井の蛍光灯が遠くで唸るような音を立てていた。
窓は閉じられていたが、空気は冷たく、張り詰めていた。
蓮司が、遥の首に手を添えた。
何も言わずに。
ただ、当たり前のように。
拒否の余地もないほど自然に、遥の胸元の布をかき分ける。
(ああ……まただ)
感情は、とっくに死んでいる。
けれど身体だけは、抗えなかった。
蓮司の指が、肌をなぞるたびに、神経が逆撫でされる。
ゾッとするような寒さと、痺れるような熱。
両方が、同時に胸を抉る。
(汚れてる……また、汚れていく)
蓮司の吐息が、耳元を掠めた。
くすぐったいわけじゃない。
怖いわけでもない。
ただ、“馴染んでしまっている”自分に、吐き気がした。
「声……出してもいいんだぜ?」
蓮司が、低く囁く。
遥は、何も言えなかった。
言葉が喉に詰まる。
出してしまえば、すべてが壊れる気がした。
でも──次の瞬間、蓮司の指が、遥の奥を抉った。
「……っ、あ……」
小さな声が漏れた。
反射だった。
耐えようとしたのに、身体が勝手に反応した。
(あ……出た……)
その瞬間、頭が真っ白になった。
(なんで、声なんか……なんで……)
「……ああ、いい声」
蓮司が笑う。
その顔が、冗談めかしていた分だけ、遥の胸を突き刺した。
(“いい声”? 違う……違う違う違う……)
俺の声なんか、気持ち悪い。
出したくて出したんじゃない。
気持ちよくなんかなってない。
なってるわけがない。
──でも、身体は正直だった。
震えていた。
熱を持っていた。
望んでしまった反応が、確かにそこにあった。
(違う……望んでなんか、ない)
でも──出た。
反応した。
感じた。
(……ああ、もうダメだ)
蓮司が身体を押し付けてくる。
布越しの体温が、生々しい。
汚れていく音が、耳の奥でこだまする。
(“欲しかった”くせに)
(“声を出したかった”くせに)
(“触れてほしかった”くせに)
(──やっぱり俺は、汚れてる)
──“欲情”した。
自分が、最も忌み嫌ってきた感情。
誰かを求め、触れられたいと願い、
そのことで“快感”を覚えてしまう、自分自身の肉体。
(最低だ)
(死ねばいい)
(なんで生きてるんだ、こんなもん)
喉が震える。
吐きそうだった。
蓮司の腕の中で、遥はひとつ、何かを失った気がした。
尊厳か、魂か、それとも──
もともとそんなものは、最初から持っていなかったのかもしれない。
快感の直後、ひときわ鋭く胸を刺したのは──
“自分の声を蓮司に聞かれた”という事実だった。
「……っ……やだ……」
遥は、かすれた声でそう呟いた。
泣きたいわけじゃない。
哀れんでほしいわけでもない。
ただ、
“自分という存在を、この世から消してしまいたかった”。
──もう、いらない。
こんな身体も。
こんな感情も。
こんな声も。
全部──“汚い”だけだった。