【美宇、頑張ってね! いつか私も知床に観光に行くから、その時まで待っててね!】
空港の待合室で、美宇は麻友からのメッセージを見て微笑んだ。
10月の穏やかな秋晴れの日、美宇は北海道へ旅立つ。
携帯をバッグにしまおうとしたとき、もう一通メッセージが届いた。
嫌な予感がした美宇は、すぐに確認する。
予想通り、それは元恋人の圭からだった。メッセージにはこう書かれていた。
【突然辞めてどうしたんだよ! 頼むから、一度ちゃんと話をさせてくれよ、美宇!】
(本当に勝手な人……私はもう、あなたの都合のいい女じゃない!)
美宇は心の中でそう叫び、圭をブロックして電源を切った。
これまで何度もそうしようと思いながら、北海道へ旅立つこの日、ようやく行動に移せた。
(これですべて終わり。私は新しい場所でやり直すんだから)
美宇は少し晴れやかな気持ちになった。
職場に退職を告げてから、奇跡的に一週間で辞めることができた。
ちょうどアルバイト講師を増やしたばかりで人員に余裕があり、すんなりと退職できた。
『陶芸家として一から修業したい』という美宇の退職理由に、スクール側も引き止めることはできなかったのだ。
退職後、すぐに家族へ報告した。
東京郊外の実家を訪れ、まずは両親に伝える。
もともと子供の意思を尊重する家庭だったため、両親は驚きつつも最終的には賛成してくれた。
都心で一人暮らしをしている五歳年上の兄とは、一昨日の夜、東京で食事をした。
兄も美宇の決断にはかなり驚いていたようだったが、快く応援してくれた。
『美宇は小さい頃から物を作るのが好きだったもんな。なのに、講師業なんてしてるから、もったいないと思ってたんだよ。こんなことは若いうちしかチャレンジできないんだから、精一杯がんばれよ』
家族からのあたたかい応援を受け、美宇はますますやる気に満ちていた。
とはいえ、縁もゆかりもない地である北海道には、不安もある。
(新しい場所は、私を受け入れてくれるかな?)
そう思いながら、美宇は搭乗ゲートへ向かった。
数時間後、女満別空港へ降り立った美宇は、初めて見る景色に圧倒される。
北海道の札幌には一度だけ旅行で訪れたことはあるが、この地域には初めて足を踏み入れた。
空港を出てまず驚いたのが、その寒さだった。
東京の秋は、まだ夏の名残が残る暖かい日も多かったが、ここはすでに冬に近い空気が漂っていた。
「さむっ!」
空港から外に出た美宇は、コートの襟元を掴み、ぶるっと震えた。
この日、雇い主の青野朔也が、空港まで迎えに来てくれることになっていた。
美宇は「バスで行く」と伝えたが、ちょうど近くに用事があるとのことで、その申し出をありがたく受けることにした。
美宇は朔也が来ていないかと辺りを見回す。
(あれ? まだ来てないのかな?)
黒のSUV車で来ると聞いていたが、それらしい車は見当たらない。
しばらく待っていると、背後から声が響いた。
「七瀬美宇さんですか?」
「あっ、はいっ」
美宇が慌てて振り向くと、そこには背の高い男性が立っていた。
その姿を見た瞬間、美宇の身体に電流が走る。
(えっ?)
まるで時が止まったかのように感じた。
それが『恋』だとは、そのときの美宇にはまだわからなかった。
ただ、初めての感覚に戸惑いながら、胸の鼓動がどんどん激しくなっていくのを感じていた。
(この人が、青野朔也……さん?)
目の前の男性は、想像よりもずっと若く、驚くほどハンサムだった。
今まで出会ったことのないタイプの男性に、美宇は思わず見とれてしまう。
言葉を失っている美宇に、朔也が先に声をかけた。
「初めまして、青野です。遠いところをようこそ」
心の奥に響く穏やかで優しい声に魅了されながら、美宇はふと我に返る。
そして、慌てて挨拶を返した。
「初めまして、七瀬です。迎えに来ていただいてありがとうございます」
「遠くて大変だったでしょう?」
「いえ……」
「これからよろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
美宇は緊張しながら、深々と頭を下げた。
「じゃあ、行きましょうか」
「はっ、はいっ」
歩き始めた朔也の後ろを、美宇が少し遅れて追いかける。
黒のSUV車は、少し先に停まっていた。
朔也の歩く姿に目を向けながら、美宇の心臓はまだドキドキしていた。
(どうしよう……まさかこんなことになるなんて……これが一目惚れ?)
失恋したばかりの自分が、こんなにも急に誰かに惹かれるなんて思ってもみなかった。
戸惑いながらも、美宇は朔也の後ろ姿に目を奪われていた。
顔立ち、体型、声のトーン、そして歩き方……すべてが美宇の理想そのものだった。
(どうしよう……いつから私はこんなに軽い女になっちゃったの?)
そんな自分のことが情けなくなる。
そして、心の中でこう思った。
(こんなに素敵な人なんだから、きっと奥さんや恋人がいるはず……だから、余計なことは考えちゃダメ! この人は私の雇い主なんだから)
美宇はそう自分に言い聞かせ、深く息を吸い込んだ。
そのとき、朔也が少し遅れていた美宇を振り返ったので、彼女は慌てて小走りで追いつく。
車のそばまで行くと、朔也が助手席のドアを開けてくれた。
「どうぞ、乗ってください」
「あ、ありがとうございます」
美宇が恐縮しながら助手席に座ると、朔也がドアを閉めてくれた。
そして運転席に回り込み、朔也も車に乗り込む。
「じゃあ、行きましょうか」
こうして、二人の乗った車は斜里町へ向けて走り出した。
コメント
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会ったその日から恋の花咲いたのねー!

美宇ちゃん、運命の出会いですね。オホーツクブルーがしあわせを導いてくれますように。 ってか元カレ37にもなってなんなん?あり得ない厚顔無恥さ。手を広げすぎたスクールと共に滅亡ぢゃ!ってちょっと思っているのですけど…😏。イラストレーターとしてちょっと売れているのが気に入りませんが😁。
朔也様紳士❣️美宇ちゃん一目惚れしてもしょうがないよ🩷 朔也様も美宇ちゃんに会ってどう思ったのかな? この後の展開が楽しみ(*゚▽゚*)