ハンドルを握りながら、朔也は考え事をしていた。
美宇は身長160cmほどの華奢な女性で、白い肌にゆるく波打つ髪、大きな瞳とほんのりピンク色の唇が印象的だった。
儚げな雰囲気の一方で、彼女の瞳には強い意志と情熱が宿っていた。
その様子から、彼女が軽い気持ちでこの地に来たのではないことが分かる。
だが、その情熱の奥には、どこか寂しさも感じられた。
こんな北の果てまで来たのには、何か理由があるのかもしれない……朔也はそう思っていた。
一方で、美宇とは初対面のはずなのに、どこか懐かしさを覚えた。
過去に会った記憶はないのに、なぜかそう感じた。
こんな感覚は、初めてだった。
(なんだろう、この気持ちは……)
そう思いつつ、静まり返った車内に気づいた朔也は、慌てて口を開いた。
「札幌へ旅行に来たのは、いつ頃?」
「大学時代です」
「じゃあ、きっと驚きますよ。ここは札幌と違って本当に何もないから」
美宇は少し考えてから答えた。
「でも、世界遺産がありますよね?」
「まあ、自然だけはたっぷりあるし、空気も澄んでいるけどね」
「冬には流氷が来るって聞いたんですが、本当に見られるんですか?」
「うん。ただ、最近は温暖化の影響で、接岸しない年もあるけどね」
「せつがん……?」
「流氷が岸にくっつくんです」
「え? 岸にくっつくんですか?」
「そう。流氷がびっしり岸まで押し寄せると、波音が消えて辺りが静寂に包まれる。それがすごく神秘的なんだ。でも、最近はそんな冬も減ってきちゃったけどね」
「そうなんですね……」
美宇は、朔也が言った『無音の世界』に思いを巡らせる。そんな幻想的な景色を、一度でいいから見てみたい……そう思った。
その後、美宇の陶芸歴や仕事の話が続くうちに、彼女の緊張は少しずつほぐれていった。
少し落ち着いてきた頃、ようやく美宇は窓の外に目を向けた。
そこには、広大な田園風景が広がっていた。その規模は、関東では見られないほどの広さだ。
畑はすでに収穫を終え、あとは冬を待つばかりのようだった。
「わぁ、すごい……」
広大な景色を見て、美宇がつぶやいた。
すると、朔也が言った。
「雄大な景色でしょう? こういうのを見ると、北海道って気がするよね」
「はい……東京とは全然違います。同じ景色がどこまでも続くなんて、すごい……」
「ここは大空町という町で、この辺りを『オーヴェールの丘』って言うんだ。この丘は映画のロケ地にもなったんだよ」
「映画の?」
「そう。かなり昔の映画だけどね」
朔也はそう言って微笑んだ。
(え? もしかして、わざわざ遠回りをしてこの道を通ってくれたの?)
美宇はカーナビをチラリと見ながらそう思った。
その後も朔也は、網走湖のほとりを通ったり、網走刑務所の前で車を停めて、美宇にその全景を見せてくれた。
再び車が走り始めると、美宇は恐縮しながら言った。
「なんか、観光まで……すみません……」
「いや、せっかく来たんだからね。それと、ここからは『天に続く道』って呼ばれてるんだ。けっこう長い直線道路なんだよ」
説明を聞いた美宇は、身を乗り出して前方を見た。
朔也が言った通り、本当にまっすぐな道が続いていた。あまりにも長すぎて、終わりが見えない。
「すごい……こんなにまっすぐな道、初めて見ました」
「北海道には、こういうところがけっこうあるんだよ」
朔也はそう言って微笑んだ。
やがて車が斜里町へ差しかかると、朔也が言った。
「今日は疲れただろうから、アパートまで送りますよ。明日、明後日はゆっくり休んで、月曜から工房に来てもらってもいいかな?」
「大丈夫です」
「じゃあ、月曜からお願いします。荷物は明日届くんだよね?」
「はい、午前中に着く予定です」
「じゃあ、片付け頑張らないとね」
「はい」
「あとは……アパートの近くに小さなスーパーがあります。ホームセンターは少し離れた場所なんだけど、もし必要なものがあれば車を出すから、遠慮なく言ってください」
「ありがとうございます。でも、巡回バスもあるんですよね?」
「うん、あるけど本数は少ないよ。重い物を買いに行く時は遠慮せずに言ってね」
「すみません……」
「その他に、分からないことはある?」
「とりあえず大丈夫だと思います」
「じゃあ、初出勤の月曜日の夜は、歓迎会代わりに知り合いの店で夕飯を一緒に食べましょう」
「あ……はい。お気遣いありがとうございます」
やがて車はアパートの前に到着した。
朔也は車を停めると、後部座席からスーツケースを取り出し、美宇の部屋の前まで運んでくれた。
そして、彼女に鍵を渡す。
「101号室ね。ここは社宅として借りてるから、家賃は払わなくていいから」
「え? いいんですか?」
「うん」
「ありがとうございます」
「それと、このアパートの大家さんの家はあそこね」
朔也が指差した方角には、ペンションのような可愛らしい家が建っていた。
「大家さんは、瀬川さんっていう70代の女性で、あそこに一人で住んでるんだ。何か分からないことがあったら、彼女に聞けばいろいろと教えてくれるから」
「はい」
「で、僕の工房は、そこのカフェの並びの数軒隣です。歩いてもすぐだから」
「わかりました」
「ちなみに、月曜の夕食はそこのカフェで食べるから」
「ふふっ、近いですね」
「酔いつぶれても、すぐに帰れるから便利だよ」
そこで、二人は声を上げて笑った。
「じゃ、月曜からよろしく!」
「はい。今日は本当にありがとうございました。あっ、あと……」
美宇は、空港で買ってきた東京土産を、慌てて朔也に渡した。
「あの、これ、ほんの少しですが……」
「ありがとう。遠慮なくいただくよ」
朔也はにっこり笑って返事をすると、車に乗り込み走り去っていった。
美宇は、朔也の車が見えなくなるまで、その場で静かに見送った。
コメント
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出会った途端電流が走ったように一目惚れした美宇ちゃん 何処かで出会った事が有るかと思える程既視感がある朔也様 これは魂が呼び寄せた二人❣️なのでしょうか これからどの様に距離を縮めていくのかしら❓ 毎日が楽しみです それにしても情熱的な瞳の奥に寂しさを感じるなんてよく美宇ちゃんを見ているのですね 朔也様^_^
朔也さんも美宇さんの事心に入って来たみたいですね
2人ともいい感じの雰囲気ですね✨💕これから、どんどん距離が近づいていくのドキドキです🤗 どこかでご縁があったのか?その辺りもこれから楽しみですー😊 流氷、2人で観れるといいなぁーー💏