テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
企画の返事が来るまでの二日間、シェルターは妙な熱に包まれた。
稽古の合間に橋の上の動線を確認し、ハルティナとホレが受付表を作り、トゥランは学校で参加希望者を集めて回る。ヌバーは勝手に手書きの宣伝札まで作り、グルナラに三回没収された。
そして三日目の夕方、ニカットが現れた。
いつも通りの硬い顔。だが手には許可書の控えがある。
「条件付きです」
空気が一斉に張る。
「時間は三十分。通路の半分は常に空けること。転落防止の立ち位置は印で指定。私も現場へ立ち会います」
モルリがぱっと笑う。
「見張り役ってこと?」
「監督役です」
「似たようなもんじゃん」
ニカットは無視したが、耳だけ少し赤い。
当日、橋の上には黄色いテープで立ち位置が引かれた。夕焼けが水面へ長く伸び、学校帰りの生徒や買い物帰りの大人たちが、何をやるのかと足を止め始める。
トゥランは進行表を胸ポケットへ入れ、何度も深呼吸していた。
ハルティナが小声で言う。
「顔、こわい」
「緊張してるだけ」
「こわい」
その横で、ヌバーが即席の司会席らしき箱の上へ立つ。
「さあ始まります、水鐘町の若者たちによる、言いたいことは橋の上で言え大会!」
「題名変えないで!」
トゥランが即座に止め、場に小さな笑いが起きた。
その笑いで、最初の一人が手を上げる。
見覚えのない男子生徒だった。緊張で肩が上がりきっている。
トゥランがマイク代わりの簡易拡声器を渡すと、彼は橋の中央へ立ち、しばらく口を開けなかった。
観客がざわつき始める。
ニカットが思わず一歩出かけた、その時だった。
「……同じクラスの人、聞いてください!」
いきなり声が裏返る。
皆がびくっとしたあと、逆に静かになった。
彼は顔を真っ赤にしたまま続ける。
「俺、文化祭のあとからずっと、志穂さんのこと好きです! でも受験なので返事は卒業してからでいいです!」
一拍おいて、橋の上も下も大笑いになった。
女子高生たちの悲鳴混じりの歓声。おじさんたちの手拍子。ヌバーの無駄に大きい「よく言った!」。橋の上の空気が、一気に柔らかくほどける。
告白されたらしい志穂さん本人は見当たらないが、どこかで誰かが「逃げたぞ」と叫び、さらに笑いが広がった。
ニカットは呆れたように息をつく。
「……これのどこが企画ですか」
ハルティナがすぐ答える。
「始まったら分かりますよ」
次の参加者は、進路に迷っている女子生徒。その次は家の店を継ぐか悩む少年。その次は、部活をやめたいのにやめると言えない一年生だった。
声の内容はばらばらなのに、叫んだあとの顔だけが似ている。
言った人間から、少しだけ背中が軽くなっていく。
橋の上を流れる風が、言葉を町へ運んでいた。
ニカットは監督役として端に立ちながら、何度も観客の様子を見た。苦情が出る気配はない。むしろ立ち止まる人が増えている。
トゥランは次の名前を呼ぶ手を止めた。
参加希望欄の最後に、空欄のまま残していた一つの枠がある。
誰かがそこへ立つのを、彼は待っていた。