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#貴種漂流譚
「なるほど。それが貴様とやつの結んだ契約か」
淡々とした男の声。ハッと息を飲み、振り返るダイン。
「悪いが、その契約は破棄だ」
敷居に立ち、黒い外套を纏わせた仮面の男――ヴァロフェスが肩を竦め、言った。
「その姉弟には借りがある。……夜風を凌がせてもらった借りがな」
「また、お前か」
手を止め、苦々しく呻く戦士。
「何故、俺の邪魔をする? 一体、何者だ?」
「私、か?」
仮面の男の口元には歪んだ笑み。
「私の名はヴァロフェス。聞いたことはないか?」
歌うように問いかけながら、ヴァロフェスは外套の下から黄金色に輝く物を取り出す。
あっ、とダインは声をあげていた。それは先程、彼が巨木の洞に隠した《死面の兜》だった。
「貴様ら《叫ぶ者》を狩る、《叫ぶ者》だ」
「な、何故だっ!?」
問いかける戦士の声は震えていた。
「なぜ、貴様がそれを持っている!? それは俺の……!!」
「なぜ、だと? 愚問だな」
ククッ、と低い声で笑うヴァロフェス。
「これだけの妖気を放つ呪物。たとえ、目を閉じていたとしても探り当てるのは容易だ」
兜を片手にしたまま、ヴァロフェスはダインに振り向く。
「さて、こいつをどうする? まだ、惜しいか?」
「冗談じゃない!!」
ダインは即答していた。
「そんな物、もういらない! あんたの好きにしてくれ!!」
「決まりだ」
小さく頷き――、ヴァロフェスは天井に向かって兜を放り投げる。
「や、やめろぉッ!!」
怒声を張り上げながら、戦士が立ちあがる。その声には、これまでに感じることができなかったもの――、恐怖が宿っていた。風車のように大剣を振り回しながら、静かに佇むヴァロフェスに斬りかかる。
「それを、俺の生命を傷つけるなぁッ!!」
「断る」
短く切り捨てるヴァロフェス。そして、目にも止まらぬ速さで振るい払われる、銀のステッキ。その一撃を受け、髑髏を模した黄金色の兜は、床にたたき落とされた卵のように粉々に砕け散った。
それと同時――、
「ギャアッ……!!」
凄まじい絶叫とともに、戦士の全身から炎が噴き出す。
人の形に燃え盛った炎は、やがて、弱々しい火の粉に変わり、拷問部屋の宙に霧散してゆく。
ダインは茫然とその様を見守るしかなかった。
と――、床の上で横たわっていたメルディが小さく咳き込む。
「ね、姉ちゃん……!!」
慌ててダインは、彼女のもとに駆け寄る。そして、震える手で意識を失った姉の首筋に傷を確かめてみる。
「よ、良かった。見た目ほど、傷は深くない……」
そこから先は言葉にならなかった。
思わず涙がこぼれそうになったダインの背後に仮面の男が立つ。
「感謝するのだな」
振り返ったダインを見下ろし、長い外套の裾を後ろにはらうヴァロフェス。
「私にではなく――、命を取り留めてくれた姉上に、な」
「あっ。ま、待ってくれ」
外套を翻し、背を向けた仮面の男にダインは涙を拭きながら呼びかける。
「俺、あんたのこと、悪人扱いした。本当は助けてくれようとしてたのに……」
「よかったな」
言葉を詰まらせるダインに、背を向けたまま、ヴァロフェスが静かに告げる。
「お前は私とは違う。己を呪うことなく、生き続けるがいいさ」
その声は切ないほどに優しく、寂しげだった。
ダインが何か言おうと口を開きかけた時、一陣の強風が拷問部屋に吹き込む。
思わず顔を伏せ――、再び、ダインが目を開いた時、ヴァロフェスの姿は、どこにもなかった。
その存在自体が夢か魔法であったかのように、仮面の男は煙のように消え失せていた。