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リビングのドアを開けて中へ入ると陸が華子に言った。


「朝飯は簡単なのでいいか?」

「え? 朝食用意してくれたの? 悪いけど私朝は食べないのよ。コーヒーだけいただくわ」


華子はそう言いながらソファーへ腰を下ろす。

キッチンでフライパンを握っていた陸は、


「食べておいた方がいいぞ。今日から仕事なんだし昼の休憩は何時になるかわからないからな」

「えーっ? 休憩がいつになるかわからないなんてブラック企業じゃないのー」


そう嘆く華子の全身を陸はそれとなく観察する。

華子は昨日買ったジーンズに黒のセーターを着て、髪はそのまま肩に垂らしていた。

そして今度は華子の顔に視線を向ける。

その瞬間、陸はびっくりした顔をした。

なぜなら、華子の顔が昨日とは全く違う印象だったからだ。


(昨日の派手な女はどこへ行った?)


陸まじまじと華子の顔を見つめる。

陸にジロジロと見られている事に気付いた華子は、陸に言った。


「私の顔になんかついてる?」

「いや、昨日と随分印象が違うなぁと思ってさ…」

「あんな派手な顔で行ったらまずいでしょう? 私にだってTPOぐらいわかるわ」


華子はフンと鼻を鳴らすと、テレビのチャンネルを変えた。


「それは社会人として大事な事だ」


陸はニヤリと笑うと料理を続けた。

そして心の中でこう思う。


(ナチュラルな化粧の方が似合うじゃないか…)


それから二人は向かい合って座り朝食を食べ始めた。


陸が作った朝食は、ベーコンエッグにトースト、それにヨーグルトとコーヒーの簡単なものだった。


朝は食べない主義の華子だったが、昼食が何時になるかわからないと脅されては食べるしかない。

仕方なくニュースを見ながら無言でモグモグと食べ始める。

そんな素直な華子の事を陸は穏やかな顔で見つめていた。


しばらくして陸が華子に聞く。


「飲食店でのアルバイト経験はあるのか?」

「あるわよ。大学生の時に」

「だったら安心だ。ところでそれを何とかしろ」

「ん? それって何?」

「爪だ」

「え? ネイル? ヤダこれ一昨日やってもらったばかりなのにー」

「飲食でその爪はダメだ」

「嘘ー! 鬼ー! ひどーい!」

「とにかくそれは落とせ」

「だってリムーバーがないわ」

「行きにコンビニに寄ってやるから、向こうへ着いたらすぐ落とせ」


陸の頑として引かない姿勢に華子はふてくされる。

もちろん飲食店でこの爪が駄目な事は華子もわかっていた。

ただリムーバーを買うのを忘れていたのでそのままスルーしていただけだ。


(6000円も払ってやってもらったのに)


華子はガックリと項垂れながらコーヒーを飲み干した。


「ご馳走様でしたぁー」


華子は多少ムッとしたまま部屋へ戻ろうとする。

しかしそこでまた陸の声が響いた。


「皿はカウンターに下げてくれよ」


華子は更に面白くないといった顔をしてから、しぶしぶ言われた通りにする。

そして皿をカウンターへ置くとリビングを出ようとした。


その背中へ陸がもう一声をかけた。


「8時40分にはここを出るからな」

「わかったー」


華子はスマホをいじりながら部屋へ戻って行った。


「ったく……」


陸はそう呟くと、苦笑いを浮かべて皿を片付け始めた。



出勤時刻になると二人はマンションを出た。

そのまま地下駐車場へ向かうものだと思っていたら陸はエレベーターを一階で降りる。

華子が不思議そうな顔をしていると陸が言った。


「コンシェルジュに君の事を伝えておかないと」

「あ、そっか」


今日から4~5日このマンションに世話になる。

行きは一緒に出ても、帰りは別々の帰宅になるだろう。

だから華子が帰って来た時に困らないようにと、陸は華子の事を伝えておこうと思ったようだ。


一階のフロアをまだ見ていない華子は、興味津々で陸の後をついて行く。


すると、目の前に広いフロントが現れた。

天井がすべて吹き抜けでとても開放的だ。

壁の一面は総ガラス張りで、窓の外には新緑が美しく輝いている。

天井からはシンプルでモダンな照明がぶら下がっている。

ここの空間を一言で表現するなら、ホテルというよりは美術館のような雰囲気だ。


フロントの片隅には真っ白なグランドピアノが置かれていた。

華子は思わずため息を漏らす。

とても豪華なフロントは、華子の想像を超えていた。


陸がフロントのカウンターまで行くと、コンシェルジュが声をかける。


「日比野様、おはようございます」


フロントにいたのは50歳くらいの上品な女性だった。


「おはようございます。すみませんが彼女がうちにしばらく同居する事になりまして…」


陸がそう言って華子を紹介したので、華子はペコリとお辞儀をする。


「承知いたしました。何かお困りのことがあればいつでもこちらへお申し付けくださいませ」


コンシェルジュが笑顔で華子に言ったので、

華子は「ありがとうございます」と言ってもう一度ペコリとお辞儀をした。


「ありがとう。じゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃいませ」


コンシェルジュは笑みを浮かべて二人を見送った。


(さすが高級マンション…隙のない対応だわ)


華子が感動に浸っていると、陸がポケットからスペアキーを出して華子に渡した。


「帰りは俺の方が遅いだろうから、君は部屋で好きなようにしていてくれ。冷蔵庫の中の物も勝手に使っていいから。あと何か

買い物があるようだったら、これで……」


拓はそう言って財布から一万円札を10枚ほど出すと華子に渡した。


「大丈夫よ。そこまで落ちぶれていないから」

「見栄は張らない方がいいぞ。今日、50万を返すんだろう?」

「あっ!」


華子は野崎に返す50万円の事をすっかり忘れていた。


「まだ振り込んでないのか?」

「忘れてた。車の中で振り込むわ」


華子は慌てて口座番号が書かれた野崎の名刺を取り出す。

そして、助手席に座るとすぐに野崎へ送金した。


「ふぅー焦ったぁー」

「とにかくうちは給料の前払いはしていないから、これは給料日までの繋ぎだ」


陸はそう言って先ほど出した金を華子の手の上に置いた。


「あ、ありがとう……」

「俺がいなくても夕飯はちゃんと食えよ! 健全な精神はちゃんとした食生活に宿る…だからな」

「わかったわ」


華子はその小言のような物言いにうんざりした様子で答える。


陸はそんな華子を可笑しそうにチラッと見た後、車をスタートさせた。

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