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*****


金曜日、蒼と真の本社勤務最終日。

定時と同時に総務部で送別会に出た。

庶務課は年長者の斉川さんの課長昇進が決まっていた。

総務課も真の部下が昇進となった。

経理課は監査室から課長を迎えることになった。当面は勝手の違う上司に苦労するだろう。

送別会は部長の友人の料亭を貸し切って行われた。部下の不始末で騒動が続き、責任を感じていた部長の申し出で、会費の半分は部長がもってくれた。

今回は掘りごたつの席で、あまり席の移動はなく、私は庶務課のみんなと食事をたのしんだ。

蒼も真もこれが最後のチャンスと、かなり殺気立った女子社員に囲まれていた。その中でも、詩織ちゃんは蒼の隣を絶対に譲らなかった。

三時間で数回、蒼が私に助けを求めるような視線を送ってきたが、私は一切反応しなかった。

同様に、真も疲れた顔で私を見たが、私は笑顔を返しただけだった。

「よくやるわね、あの子たち」と、遠山さんが呆れ顔で眺めて言った。

「成瀬さんはいいの?」

「えっ?」

急に振られて、質問の意味が分からなかった。

満井くんと春田さんも驚いた顔で私を見た。

「あら、彼氏いるの?」


なんだ……。


「どうでしょう? いなくても、あの輪に入る勇気はありませんよ」と、私は返した。

満井くんと春田さんの反応でバレるのではないかと、はらはらした。


あれ? そういえば、春田さんには聞かない?


「総務のショートヘアの子、先週満井くんに告白してたのに、藤川課長に色目使っちゃって……」

遠山さんの言葉に、満井くんがイカ焼きを喉に詰まらせかけた。ゴホゴホッとむせる。春田さんが慌てて満井くんに水を手渡す。

満井くんが告白されたことは、私も知っていた。

「隠さなくてもいいのに」と、遠山さんが言った。

斉川さんは全く気が付いていなかったようで、目を丸くしている。

最近の遠山さんは親しみやすくなったと思う。以前は、肩肘を張って、あえて私たちと馴染もうとしていなかった。どういう心境の変化があったのかはわからないが、庶務課を自分の居場所だと認めてくれたようで、嬉しかった。

「満井くんと春田さんはお付き合いしてたんですか?」

斉川さんがストレートに聞いた。

満井くんと春田さんは顔を赤らめて、頷いた。見ていて、微笑ましかった。

それに、羨ましかった。

焼きもちなんて性に合わない。詩織ちゃんがどんなにアプローチしても、蒼がなびかないことはわかっている。それでも、蒼にベタベタと触れられるのは気分のいいものではない。そして、詩織ちゃんをきっぱりと突き放さない蒼にも苛立つ。

なによ、私が小松原さんの気持ちに気が付かなかった時は、嫉妬して怒ってたくせに!

ラストオーダーまで、私はひたすら飲み続けた。

一次会がお開きとなり、料亭を出た蒼と真はそれぞれ女子社員に二次会に誘われていた。

自分が酔っていることは自覚していた。

蒼と真が私を心配して、様子を窺っていることにも気が付いていた。


女子社員の誘いをはっきり断らないって……。


実は喜んでるんじゃないの?


何よ、取締役会ではあんなに格好良く啖呵切ってたくせに――。


百合さんの言った通り、私は嬉しかった。

蒼が庶務課に異動してきて経歴を調べた時、どうして兄たちのように重役ポストに就かないのだろうと思った。ただ、現場にいたいだけかもしれない。


ならば、なぜ庶務課に異動する?


グループの大規模改革を前に、不安要素は排除しておきたかったのだろう。

兄に誘導されたとはいえ、現場を離れてスパイごっこをするだけの愛情を、会社に持っている。

野心がないわけではない、と思った。

むしろ、目的のためなら手段を選ばず、プライドも捨てられる。

自分が三男であること、兄たちが不仲であることが、蒼の野心に蓋をしているように感じていた。

ほんの少し蓋がずれて、光が差し込んだら、蒼はどうするのかと思った。

蓋を戻してしまうのか、差し込み光を見て見ぬふりをするのか、一思いに蓋を投げ捨ててしまうのか。

蒼の選択次第では、私のシナリオを書き直す必要がある。

けれど、蒼は私の期待通り、蓋を投げ捨ててくれた。

私は、チェーンに通して首に下げていた指輪を、服の中から引っ張り出した。チェーンを外して、左手の薬指にはめる。


私に迷いはない――。


「蒼」

私が蒼を名前で呼ぶと、詩織ちゃんをはじめ、蒼を取り囲んでいた四・五人の女子社員が私を見た。

みんな驚いた顔をしているけど、一番驚いているのは蒼。

私は蒼に近づく。

「ごめんね? そろそろ返してもらうね」と言って女子社員に目を向けた。


蒼の、最期の女は私――。


私は指輪が見えるように、左手を蒼の肩に置いた。


蒼が、私の最期の男――。

絶対、誰にも渡さない――!

女は秘密の香りで獣になる

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