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男性はしばらく何かを考えている様子だった。
そして、理紗子の背後から、彼女の様子を観察し始めた。
この男性は佐倉健吾、38歳。
職業は個人投資家。
健吾はトレーダーとして、自宅で為替や株の売買取引を行なっている。
大学時代から投資を始め、25歳の時に運良く株で巨額の富を築いた。
元々投資センスを持ち合わせていた健吾は、その後資産を順調に増やし続けた。
今ではその莫大な資産の一部を元手に、不動産投資や会社経営にも乗り出している。
その為現在は株取引からは引退し、今はもっぱら為替専門のトレーダーとして活動している。
会社経営は、全国にチェーン展開しているカフェ「cafe over the moon」を29歳の時に創業。
現在もCEOとして経営に関わっていた。
そう、つまり今彼がいるこのカフェも、健吾の店だった。
先程健吾に対応したストアマネージャーは、もちろん健吾がCEOである事を知っている。
健吾は自宅から一番近いこのカフェに、ほぼ毎日通っていた。
健吾が行く度にいちいちかしこまられてはカフェで寛ぐ事もできないので、
健吾は普通の客と同じように接するように、スタッフに指示していた。
社内の最高責任者に気を遣う暇があったら、
その労力をより良い店作りに使って欲しい。
そんな健吾の考えをスタッフ達もよく理解していた。
少し前までは、健吾目当てにスタッフ採用の応募に来る女性が後を絶たなかったが、
現在では採用条件を厳しくし、そういう目的の女性はことごとく不採用にしている。
だからこの店のスタッフには健吾に色目を使う者は一人もいない。
この店のストアマネージャーがとても有能なので、常に健吾に対するさりげない配慮がなされ、
健吾も安心して毎日この店に足を運ぶことが出来た。
健吾は会社経営以外にも、動画投稿サイトで投資専門チャンネルを立ち上げ、
自らが出演し情報提供をしている。
甘いマスクのイケメン投資家のチャンネルは、瞬く間に有名になった。
今世間では投資詐欺に騙される若者が後を絶たない。
そんな投資初心者の若者達の為に、正しい投資知識を指南する目的で作ったチャンネルだったが、
今では趣味の釣りや旅行の動画なども取り入れ、健吾の私生活の一部が見られるとあり投資をしない女性達にも大人気だ。
また成功した億トレーダーとしての立ち位置で、投資関係のテレビ番組やニュースの特集で
取材をさせて欲しいという依頼も多数来る。
テレビ局の知り合いから頼まれると、断れなくて時間が許す限り協力するようにはしていたが、
それによりますます健吾の知名度は広がっていった。
独身の億トレーダー、甘いマスク、長身、セクシーな声を持つ健吾は、
ここしばらくは決まった恋人がいない。
そんなフリーの健吾を狙おうと、その周りには常に女性達が群がる。
若い頃は健吾も何人もの女性と派手に遊んでいた。
しかし三十五歳を過ぎた辺りからは、そんなお遊びには飽き飽きしていた。
そんな健吾の意志を全く無視して、女性達は健吾の恋人の座を狙おうと躍起になっていた。
しかし健吾にとって一番大事なものは仕事だったので、今特定の恋人を作る事は考えていなかった。
それなのに、今目の前にいる女性に対し明らかに動揺している自分がいた。
健吾は彼女が、二年前に友人の英人のオフィスから見たあの女性であるという事に気づいていた。
女性はあの時よりもラフな格好をしているが間違いない。
スラッとした体形、大きな瞳、ライトブラウンの長い髪はあの当時のままだった。
違っている事と言えば、涙を流し弱々しい雰囲気だったはずの彼女が、
今はとても健康そうではつらつとしているという事だ。
あの時の涙の原因はもう解決したのだろうか?
健吾はそう思いながら女性を観察し始めた。
彼女の肩越しから見えるノートパソコンの画面には、文字の羅列が見られる。
何の作業をしているのだろう?
ラフな服装でこの時間にカフェで仕事をしているという事は、会社員ではなさそうだ。
気になった健吾は、何か食べ物を買いに行くふりをして、彼女の後ろを通ってみる事にした。
彼女の後ろをゆっくりと通り過ぎる際、パソコンの画面には彼女宛てのメールが表示されていた。
件名の欄には、
【水野リサ先生へ、美月出版の磯山です】
と書かれているのを健吾はしっかりと確認した。
健吾はそのままカウンターへ行きスタッフに声をかけると、サンドイッチ一つとコーヒーのお代わりを注文した。
そしてそれを受け取ると、再び彼女の後ろをゆっくりと通り過ぎパソコンをチェックする。
すると今度は、
『プロット』『石垣島を舞台にした恋愛小説』
という文字が見えた。
(プロット?)
健吾は心の中でそう呟くと、『プロット』という言葉を検索してみた。
検索結果には、
『小説などを執筆する際にあらかじめ立てておく構想や筋道、骨組み、ストーリーの設計図』
と書かれていた。
(ん? 何か文章を書く仕事なのか?)
健吾はさらに、
『水野リサ』
で検索をしてみた。
すると、水野リサの著書と思われる本が次々と画面に表示される。
(同姓同名か?)
そう思った健吾は、今度は『水野リサ』のプロフィールを検索してみると、
一番上に水野リサと言う女性が雑誌の取材を受けた時の写真が出て来た。
その写真は、間違いなく目の前にいる女性だった。
(作家だったのか…)
健吾は心の中でそう呟くと、彼女の著書を一つ一つ確認していく。
どれも恋愛ものの小説のようだ。
その中に、見た事のある作品名があった。
それは去年大ヒットした恋愛映画と同じタイトルだった。
(この原作も彼女の小説なのか?)
健吾はその映画は観ていないが、妹の真麻が観に行っていた事を思い出した。
それ以来、真麻はこの映画の原作者の大ファンだったような気がする。
健吾はスマホを見つめていた視線を再び理紗子へと向けた。
すると理紗子は集中しながら静かにキーボードを叩き続けていた。
健吾は、この時点で理紗子にかなり興味を持っていた。
(自分から女性に興味を持つなんていつ以来だ?)
健吾は思わずフッと笑みを漏らすと、残りのサンドイッチを食べ始めた。
コメント
4件
2年前にチラッと見かけた泣き顔の女性を、今まで覚えてる健吾さん凄い😲
ストーリーが現実的で感動的に感じられました。
健吾さんのドキドキ💓ワクワク感が文中から滲み出ています🤭さぁこれからどうスタートさせるのかな⁉️