テラーノベル
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ここは日本全国に浮かび上がる怪異を監視し対処するための組織、その一翼を担う、白虎機関が管理運営する施設――、山中深くに立つ神域だ。
記録が残っていないため、いつの時代、どこの誰がどのような経緯で勧進されたのかはわかっていないが祀られていたのは山神の類らしい。
他の怪異同様、人間にとって脅威だったものを組織は何とかして捕え、そしてここに収容したのだ。
そのまま消滅させることもできたが、組織はカテゴリー「祭儀」プロトコルを採用。
たとえ相手が怪異だとしても、まずは融和策を取ったということだ。
ゼナが所属する白虎機関に管理運営を任せ——、作法に則り日に三度の礼拝まで執り行わせて。
だから、きっと本当に自分が神だとつけあがらせてしまったんだろうな。
しかし、いくら人間側が恭しく礼を尽くしてもしょせん怪異は怪異だし、クズはクズだ。
「……タダで済むと思うな、クソが」
「はい? ゼナ博士、今何か仰いました?」
おっと、つい汚い言葉が出た。
私もそれなりの立場なんだから――部下の前では特に気をつけなきゃね。
「いや、独り言だよ」
秘書にそう答えながら、かつてはこの神社の本殿であったであろう瓦礫の山を横切り――、ゼナは足を止める。
そこにはやたらと広いスペースがあった。
半径十メートルほどの円形に切り取られた、緻密に計算設計されたと思しき空間だ。その中心には舞台、あるいは台座のようなものが置かれ、円の東西南北には小さな鳥居が置かれ、その柱は注連縄で結ばれている。
「……ねぇ、姫宮アンナ?」
今日初めてゼナは秘書の名前を呼んでいた。
「見てごらん。この空間、何だと思う?」
「えっ、それは――磐座じゃないですかね? その、御神体とか言って大きな岩とかがお祀りされてる……」
そこまで言って、まだ高校生のような童顔の姫宮はハッと息を飲み
「でも、ここには肝心の御神体がありませんよね? 一体、どこに……?」
「……姫宮アンナ。さては君、関連の朱雀文書まだ読んでないね?」
「あっ……それはえっと……」
バタバタしてましたからその、と小声で言い訳をしている。
「ダメだよ。青龍や朱雀と比べれば我々白虎は基本後方支援だけど、怪異を相手にしていることに違いはない。情報というのはこの上ない武器だからね。もし、それがないまま相対するようなことがあれば――」
死ぬことになる。
口にする寸前、ゼナはその言葉を飲み込む。
今、怯えさせることもないか。
それにこう言うことは本人が身をもって覚えてゆくしかかない。
「すみません」
しゅんと俯き、悲しそうな顔をする姫宮。
こんな組織に身を置いているのだから、この娘もまるっきりの素人というわけではないだろうが……こんな子供みたいな顔をされると少しばかり胸が痛む。
「まあいい。次から気をつけて」
気持ちを切り替え、ゼナは続ける。
「今回、我々が追わなければいけない怪異は、そのなくなってしまった御神体だよ。つまり、岩だ」
「あ、あぁ、岩……ですか」
「うん。岩なんだ」
「でも、でも……ゼナ博士」
苦しそうな顔で姫宮が言う。
「普通、岩って動きませんよね?」
「普通の岩なら動かないし、人も襲わないね。でも、ここで祀られていた岩は怪異だ」
話が一周し、そうなんですねと姫宮は顔をしかめる。
現象としてそう言ったことがあるということは理解しているのだろうが、事実としてなかなか飲み込みづらいのだろう。
「まあこういう世界なんだよ。納得できることの方が少ないさ」
「それでその岩は――、一体どこに行ったんですか?」
「あのね、姫宮アンナ? 他人に聞くのも大事だが自分で考えることも大切だと思うよ?」
「はぁ……すみません……」
「数時間前に収容所を逃亡した怪異の行先なんて、ただの人間にわかるはずないさ」
だから、とゼナは言葉を続けた。
「ちょっと――うちの子に教えてもらおうと思って、こんなところまで来たんだよ」
「えっ?お子さんに……ですか?」
目を丸くしている姫宮の返事をかえさず、ゼナは自らの膨らんだ下腹部にそっと手を当て静かに目を閉じていた。
自らの内側で穏やかに息づく生命との絆はゼナは常に感じている。その時、その時の感情も伝わってくる。
だが、ゼナは信じている。こうして外側からとは言え、手で触れる、あるいは触れようとすることは霊的な意義を帯び、さらに繋がりを強めるのだと。
恋人同士、手を繋ぐのも同じことだ。
人間としてはまだ育っていないから男の子か女の子かも判断はできないが、胎児の感覚は超自然的な物であり、一般には超能力と称されている。
もっと細かく言えば、いわゆる精神感応系。テレパシーやエンパス、サイコメトリーと呼ばれるタイプの能力。
ゼナ自身はただの人間だが母胎の特権で――ほんの少しの間、胎児の能力を共有することができた。
(さあ赤ちゃん。あいつがどこに向かったか、少し追跡してお母さんに見せてくれる?)
優しく丁寧に呼びかけた直後――。
ゼナの脳裏に炸裂したのはまるで自分がとりになったかのような、空を飛翔するイメージ。
それは一度大気上空で一度急停止し、航空写真のような視点で地上を見下ろし、そこからまた急降下する。
「――博士、危ないです!」
意識が現実に戻ってきた時、ゼナは姫宮にしっかりと抱きとめられていた。
「あ、すみません。足元をよろめかせられたから、つい」
「いや、助かった。姫宮アンナ」
微笑みかけると新人秘書は顔を赤らめ、少しはにかむ。
「……悪いね。胎内にいる我が子とは言え、他者と精神を共有する感覚はなかなか慣れないものなんだ。つい、クラッと来てしまった」
何とも言えない、複雑な表情を浮かべる姫宮。
本当にかわいい娘だな。
こんな仕事早く辞めて結婚でもすればいいのに。
まあ、余計なお世話だな。
「それで怪異がどこに向かったのか見えましたか?」
「……ああ」
ほんの少し気が重くなってゼナは空を仰いだ。
どうやら私はあの街ともなみなみならないほど深い縁があるらしい。
もとよりあそこは怪異の吹き溜まりのような場所。まじり合っている私だって引き寄せられていても不思議はないか。
「あの……、ゼナ博士?」
姫宮に先を促され、ゼナは短くその町の名前を応えた。
「――童ノ宮」
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