やがて直也行きつけのラーメン店に到着した。
店の外観を見た栞は、お洒落な雰囲気に少し驚いていた。
「古民家風の素敵なお店ですね」
「和風レトロっぽくていいだろう?」
二人が店に入ると、若い店主が威勢のいい声で迎えた。
「いらっしゃい! 空いている席へどうぞ」
テーブル席はすべて埋まっていたため、二人はカウンター席へ座った。
「ここは煮干し系のスープだから、あっさりしていて美味しいよ。僕はいつも定番メニューの中華麺を頼むけど、栞はどれにする?」
「私も同じのをお願いします」
「了解! 大将、中華麺二つお願いします」
「ありがとうございます! 少々お待ちください」
若い店主は笑顔でラーメンを作り始めた。
「ここにはよく来るんですか?」
「週に一度は来てるかなぁ。栞はラーメン好き?」
「はい。でも一人だと入りづらくて」
「そうだね。どうしても男性が多いってイメージだもんな」
「はい」
その瞬間、栞の頭にはこんな言葉が浮かんだ。
『恋をすると、行きつけのラーメン店ができる』
栞の頬が思わず緩んだ。
すると直也が言った。
「そういやアンケート集計のお礼がまだだったから、次の講義の前に二人にご馳走するよ。愛花ちゃんにもそう伝えておいて」
「わかりました。愛花もきっと喜びます」
その時、二人の前にラーメンが置かれた。湯気の立つ熱々のラーメンは、とても美味しそうだ。
「「いただきます」」
二人はさっそく食べ始めた。一口食べた栞は、思わず目を見開いて言った。
「すごく美味しい!」
その言葉を聞いた店主は、嬉しそうに微笑んでいる。
「スープが美味いだろう? これが病みつきになるんだ。チャーシューも美味しいから食べてごらん」
栞はコクンと頷くと、肉厚のチャーシューを口に入れた。
チャーシューは口の中で、あっという間にとろけた。
「美味しい! 柔らかくてホロホロしてる~」
「だろう?」
二人は夢中でラーメンを食べた。
普段はスープを残す栞だが、あまりの美味しさに全部平らげた。
美味しいラーメンに満足した二人は、店主に「ごちそうさまでした」と声をかけ、席を立った。
栞は店の外で、ご馳走になった礼を直也に言った。
それから二人は、手を繋いでゆっくりと歩き始める。
この頃には、栞も手を繋ぐことにだいぶ慣れてきた。
二人の頭上には、先ほど見た月が高度を上げ柔らかな光を放っていた。
「先生、月がついてくる!」
「ハハッ、随分可愛いことを言うなぁ~。オッサンは思わずキュンとしちゃったよ」
「先生はまだオッサンじゃないです」
「君より14も上だから、立派なオッサンだよ」
「でも、普通のオッサンとは違うかも」
「違うってどういう風に?」
「うーん……カッコイイ感じ?」
栞は、少し頬を染めながら照れたように言った。
「ずいぶん嬉しいことを言ってくれるじゃん! 栞め! 何が目的だ?」
直也がおどけて言ったので、栞はクスクスと笑った。
「ところで、栞の誕生日っていつ?」
「7月12日です」
「お、同じ7月か!」
「本当に? 先生は何日ですか?」
「僕は28日」
「あ、それってもしかして、お友達からプレゼントをもらおうと思っても、夏休みに入っちゃってもらえなかった~っていう可哀相な人?」
「うっ……その通り! その可哀想な人は僕でーす」
そこで再び栞がクスクスと笑った。
その時、直也は急に左へ曲がり、狭い路地に入っていった。
「先生、こっちには何があるの?」
「ラーメンの後と言えば、甘い物でしょう?」
「え? デザート? やった!」
「この奥に、知り合いがやってる店があるんだ」
二人は、路地の突き当たりまで歩いていった。
店の前に着くと、栞が声を上げた。
「わぁ、ここも昭和レトロっぽくて素敵~」
その店は、古い家屋を改装して造られた、大正ロマン風の素敵な佇まいだった。
店に入ると、店主が二人に声をかけた。
「いらっしゃいませ。お? 直也じゃん、久しぶり!」
「忙しくてすっかりご無沙汰してたよ。あ、彼女は鈴木栞さん。今二人でラーメンを食べてきたところなんだ」
「初めまして、鈴木栞です」
栞は男性に向かって挨拶をした。
店主は、直也と同年代の男性だった。
店の中は、漆喰の壁に古材の床が広がり、レトロな雰囲気を醸し出している。
古伊万里の器、振り子時計、アルコールランプや蓄音機などのアンティーク雑貨がセンス良く並び、とても落ち着く。
「初めまして、奥野亮(おくのりょう)です。直也とは高校時代の同級生で、卒業後もサーフィン仲間なんですよ」
その説明を聞き、奥野が直也と同じように日焼けしてガッチリしている理由がわかった。
そして、直也が栞を親しい友人の店に連れてきてくれたことが嬉しかった。
「それにしても、いつの間にこんな可愛い彼女ができたんだ? びっくりしたよ!」
「付き合い始めたのはつい最近だよ。彼女にお前の『究極のパフェ』を食べさせたくてさ」
「究極のパフェ?」
「うちの一番人気は、京都の宇治抹茶を使った抹茶パフェなんですよ」
「抹茶パフェ? わぁ、美味しそう!」
「じゃあ、抹茶パフェでいい?」
直也の問いに栞は大きく頷いた。
「じゃあ、抹茶パフェ2つとコーヒー2つね!」
「あいよ!」
奥野はニッコリと笑うと、奥の厨房へ向かった。
「路地裏にこんな素敵なお店があるなんて知らなかったです」
「だろう? 三茶は探すと結構いろいろあるのよ」
「他にも知ってるの?」
「ここに住んで長いからね。そのうち他にも連れて行ってあげるよ」
「うわぁ、楽しみ!」
栞はニコニコしながら店内を見回した。
「ここに置いてあるアンティークは、売り物なんですか?」
「そうだよ。あいつの本業はアンティークの仕入れだからね」
「へぇ~、すごいですね」
「あいつはお坊ちゃんだからさ、大学卒業後は気ままな自由業! だから、平日の朝からサーフィンにも行ってるしね。まったく、羨ましいよ」
「何が羨ましいって?」
奥野がコーヒーを手にして戻ってきた。
「パフェは今作ってますから、先にコーヒーをどうぞ」
「ありがとうございます」
益子焼のカップに入ったコーヒーは、とても美味しそうに見えた。
「栞ちゃんは大学生?」
「そうです」
「彼女は僕の後輩。慶尚大生なんだ」
「まさかお前、教え子に手をつけたんじゃないだろうな?」
「ハッ? 違うよ。知り合ったのは栞がまだ高3の時だもんな?」
直也に聞かれた栞は、うんと頷いた。
「お前っ、高校生に手を出したのか?」
「アホッ! そんなわけあるか!」
「まさかお前が女子高生趣味だったとは知らなかったな~」
奥野が大袈裟に嘆くふりをしたので、栞は思わずクスクスと笑った。
「違うよ。その時はまだお知り合い程度だったもんね?」
「はい」
栞は直也の汚名を晴らすため、すぐに頷いた。
「なんか知らんが、こんなに若くて可愛い子がオッサンと付き合ってくれるんだ、大事にしないとバチが当たるぞ」
「お前に言われなくても、わかってるわ!」
そこで思わず栞が吹き出したので、男性二人も釣られて笑った。
一時間半ほど奥野と楽しい時間を過ごした後、二人は店を出てまた歩き始めた。
「奥野さんとは仲が良いんですね」
「うん。あいつとはなんだかんだ腐れ縁なんだ。あー、でも最近海に行ってねぇなぁ」
「奥野さんは週に2~3回行くって言ってましたね」
「そう。だからあの店のオープンも午後からなんだよ」
「サーフィンってそんなに楽しいの?」
「楽しいよ~! 世界観がガラッと変わるからね」
「どんな風に?」
「うん……海ってさ、普段は陸から眺めるだろう? でも、サーフィンはその逆で、海から陸を眺める。そこでまずガラッと意識が変わっちゃうんだな。自分が当たり前に見ていた景色が、当たり前じゃなくなる衝撃っていうのかなぁ? そこにまずは感動するんだなー」
「へぇ……あまりそういうことって意識したことがないかも」
「でしょ? それにね、海に入って波と戯れていると、地球に遊んでもらっているっていう感覚がしてなんか不思議なんだよね」
「それって、嫌なことも忘れちゃいそうですね」
「そう! 大海原にプカプカ浮いているとさ、普段の悩みなんてちっぽけに思えてくるから不思議なんだよなー。だから、心を病んだ人は、絶対自然と触れ合った方がいいって僕は思ってる」
直也はそう言いながら目尻に皺を寄せて笑った。それは栞が大好きな表情だった。
「私もいつかサーフィンやってみようかなぁ」
「マジで? だったら善は急げだ! 来月あたりどう?」
「でも、私に出来るかなぁ?」
「大丈夫大丈夫! ロングボードなら一日で立てるようになるから! よっしゃー! 今年の夏は栞もサーフィンデビューだ!」
直也は嬉しそうに笑うと、栞の手をギュッと強く握りしめる。
そして栞の手を引っ張り、路地の脇へ連れて行った。
自動販売機と建物の間の窪みに栞を引き入れた直也は、突然彼女を抱き締め唇を重ねた。
栞はびっくりして、思わず目を見開いた。
すると、直也が一度唇を離し微笑みながら言った。
「こういう時は、目を瞑るんだよ」
その声は少しかすれていた。そして直也は再び栞の唇を奪った。
そのキスは、優しくて柔らかくて、ほんのり甘い味がした。
力強い腕でしっかりと抱き締められたまま、栞は直也からのキスを一心に受け止めた。
やがてキスが激しさを増すと、栞の身体中から力が抜け、立っていられない状態になる。
それでも、直也は愛情を込めて彼女をしっかり抱き締め、キスを続けた。
しばらくして、直也は唇を離し、最後に栞の瞼にそっとキスをした。そして、こう呟いた。
「足、震えてるよ」
「…….だって……」
「もしかして、ファーストキスだった?」
栞は震えながら、小さく頷いた。
(マジか……)
その瞬間、直也の身体にエネルギーが溢れてくるのを感じた。
これまで多くの女性と付き合ってきたが、こんな気持ちは初めてだった。それはまるで初恋に似た、純粋で新鮮な感覚だった。
「大丈夫? 歩ける?」
頬を赤らめた栞は、軽く頷いた。
(なんて可愛いんだ)
直也は再び栞の手をギュッと握り締めた。
「そろそろ行こうか?」
そう言って、ゆっくりと歩き始めた。
家へ向かう途中、直也は栞をリラックスさせるためにこう言った。
「栞とのキスは甘かったな―。パフェの味だ」
「だって、食べたばかりだもん」
少し拗ねたような口調の栞を見て、直也の胸は愛おしさでいっぱいになった。
「じゃあ、焼き肉を食べた後は焼き肉味?」
「そう……なのかな?」
「じゃあ、今度試してみる?」
栞はつい恥ずかしくなり、直也の腕を叩いた。
すると、直也は楽しそうに声を上げて笑った。
(恋をすると、こんなにも世界が変わるの?)
栞は二人を優しく照らす月を見上げながら、幸福感に包まれながら直也と手を繋いで歩き続けた。
コメント
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名前呼びに手繋ぎ、ラーメンデート…🍜、そしてファーストキス👩❤️💋👩💞 嬉しいハジメテ🔰が少しずつ増えて行き ときめきが止まらないそんな二人を、優しく見守る春の月…🌜️✨️
あぁぁぁ幸せそうだぁ…いいなぁ 初めてのちゅう、くぅぅ♡
ラーメン🍜にパフェに行きつけのお店に連れて行ってくれる直也さんが栞ちゃんを大事にしてるの伝わってくる。 それにキスまで( *¯ ³¯*)♡ㄘゅ💕 足がガクガクって栞ちゃんは初めてのキスが濃厚だったよね。 直也さんガッついたな🤭 可愛い過ぎて手加減出来ないよね( ,,ÒωÓ,, )