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#貴種漂流譚
「――返せッ!! 姉ちゃんを返せよッ!!」
火の粉を盛んに撒き散らす怪火を追って、ダインは森の中を走った。
雪の積もった茂みの中で何度も転び、棘の生えた蔦に衣服を切り裂かれながら。
時々、怪火は空中で停止し、そんなダインの醜態を見下ろしていた。まるで高みの見物をするように。或いは罠に誘い込む、獲物の様子を伺うように。
しかし、ダインには躊躇う余裕などない。身体のあちこちから血を流し、顔を涙と鼻水でグチャグチャにしながらも、文字通り、必死で怪火を追いかけ続ける。
やがて――、前方に見えてきたのは今にも崩れ落ちそうな廃墟。
それは全ての発端となった、件の古い砦だった。と、その中に身をうねらせる様にして飛び込んでゆく、青い怪火。唇を噛みしめ、ダインは砦へと急いだ。
砦にたどり着くとすぐさま、ダインは地下へと向かった。
黄金の兜――、《死面の兜》を見つけた、朽ち果てたあの部屋。
きっと、姉ちゃんはそこにいる。そして、あいつも……。
確信しながらダインは、転がり込むようにして、その部屋、拷問部屋に身体を滑り込ませていた。そこは青ざめた、寒々しい光で満たされていた。
「……俺はここで、この場所で生命を奪われた」
ダインを出迎えたのは、鋭く研ぎ澄まされた、獣のような唸り声だった。
赤錆びた大剣を手にした戦士は、冷たい床の上に華奢な姉の身体を組み伏せていた。
卑怯者。この悪党の化け物。
思わず握りしめたダインの拳など、歯牙にもかけない様子で戦士は言った。
「処刑されたのだ。俺が生み出した、幾つもの芸術品……。その美しさを理解できぬ愚かな主君と、卑劣な密告者である砦の兵どもの手によってな」
ダインは大きく瞳を見開いてしまう。吐き気が込み上げ、片手で口を押さえる。
拷問部屋の壁際には、赤黒いものが高々と積み上げられていた。
それは腐った肉片がこびりつき無数の蛆が這いまわる、人骨の山だった。それらはよく見ると、切られ、削られ、組み合わされて――、オモチャのように玩ばれていた。
あんな物、ここにはなかったはずだ。クラクラと目眩がし、倒れそうになるのを何とか耐えながらダインは思った。少なくとも、俺が《死面の兜》を持ち出すまでは。
……いや、そうじゃない。気がつかなかったんだ。俺はあの時、魔法にかけられたかのように、黄金色の輝きにすっかり心を惑わされていたから。
「ダ、ダイン……?」
息も絶え絶えの声が聞こえた。
メルディだった。弟がここにいると悟ると、その可愛らしい顔を泣き出しそうに歪める。
「どうして来ちゃったの? 姉さんのことはいいから、早く」
逃げなさい、と言いかけたメルディの細い首を、籠手に覆われた戦士の手がムンズと掴んだ。
「あっ、いやっ……!!」
「随分と時間がかかったが、これで俺の願いは成就する」
悲鳴を上げ、もがくメルディ。
その白い首筋に大剣の刃を押し当てながら、戦士は楽しげに言った。
「ダインよ、お前は運がいい。今から、この娘の可愛らしい頭蓋骨は、お前の代わりに世にも素晴らしい芸術作品へと姿を変える。それを目の当たりにできるのだからな」
叫び声をあげながらダインは戦士に向かって飛びかかる。
勝算など何一つない、無謀な突進。
案の定――、戦士が軽く手を祓うだけでダインは吹き飛ばされ、勢いよく、壁に叩きつけられていた。
「つくづく愚かな子どもだ」
痛みに悶絶するダインの背中に戦士が冷笑を浴びせかける。
「そこで姉が切り刻まれ、骨を取りだされる様をジッと見ているがいい」
「や、やめてくれよぉ……」
口の端から血を滲ませながら、ダインはしゃがれた声で懇願した。
「頼むから、姉ちゃんを放してやってくれ」
「そいつはできない相談だ」鼻を鳴らす戦士。
「恨むなら、下らない盗みを働いた己を恨め」
「……う、嘘よ」
組み伏せられたメルディが苦しげに喘いだ。
「い、いい加減なこと言わないで。ダインは、私の弟は、そんなことする子じゃ――」
「だが、盗んだのだ。悪事を働いたのだ」
ゴッ、と床に額を打ちつけられ、小さく呻きながら沈黙するメルディ。
どうやら意識を失ったようだ。
彼女の長い髪を片手で弄びながら、戦士は楽しげに、また笑った。
「俺は、あの《死面の兜》に目がくらみ、手を出した者とそいつに関わった者にしか手出しはできぬ。忌々しいが、そのように呪縛されているからな」
呪物は持ち主に災いを運ぶ。
ダインの脳裏によみがえったのは、仮面の男ヴァロフェスの言葉。
その災いがお前だけではなく、お前の大切な者にも破滅をもたらすことがなぜ理解できない?
……そうだ。あいつの、ヴァロフェスの言う通りだ。
俺が黄金に目をくらませて、馬鹿なことをしたから――、今、姉ちゃんが酷い目にあってるんだ。
「待って。待ってくれ……」
床に膝を突き、ヨロヨロと立ち上がりながらダインは言った。
「あれは、あの兜はあんたに返す。だから、」
「要らぬ心配だ」突き刺すような声で戦士が言った。
「ヤツとの契約で、お前のような盗っ人どもを罠にかけるエサとせざるを得なかったが、あの兜と俺は一心同体。その気になれば、すぐに見つけ出すことができる」
「だ、だったら俺を殺せよ!! 姉ちゃんじゃなくてさ!!」
血を吐くような勢いで叫び、ダインは食い下がる。
「エサに引っかかった間抜けな獲物は俺だろ!! 今度は逃げない!! だからッ!!」
「どっちにせよ、同じことだ。お前が先に死ねば、お前の姉の魂は砕け散る。……まあ、いい。苦痛が望みなら。後でたっぷりくれてやる。お前と姉の骨を組み合わせて、椅子でも拵えてやるわ」
ぷつっ、と。
メルディの白いうなじに押し当てられた大剣の切っ先に血の珠が浮かぶ。
「や、やめろっ……!!」
「そして、俺は願い通り、百の生贄と引き換えに、再び命を持ってこの世に舞い戻る!!」
喜びに声を弾ませ、戦士は大剣を握りしめた手に力を込める。
ダメだ!! このままじゃ、姉ちゃんの首が切り落とされちゃう……!!
顔面蒼白になって、ダインが前に進み出ようとした時だった。
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