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慌てて外出して行く叶糸に対して『いってらっしゃい』と心の中だけで告げ、少しの間を開けて私も玄関を目指す。
「指示を受けはしたが、出て行かないと私は約束していないからな」
ふふっと悪い奴みたいに笑い、敢えて考えを口にする。たったの一晩とはいえ、封じられていたからか『喋れる』というのが地味に嬉しい。文字での伝達を諦めた矢先にこれとは、まさに僥倖だ。
薄暗い廊下を通り、悠々と玄関ドアもすり抜けて、でもちゃんと距離を置いて叶糸の後にそっとついて行く。
昨夜の推察通り彼に今までの記憶が無いのであれば、かなり危険だ。そんな状態では確実に『一度目の人生』と同じ轍を踏むだろう。だが私が同行していれば危険を回避出来る可能性が高くなるだろうし、彼と話すチャンスもあるはずだ。
(もう、一度たりとも彼を死なせる訳にはいかないんだから、常日頃から警戒は強めでいかないとな)
——そんなふうに一人気合いを入れていると、敷地外に出る手前くらいの場所から耳障りな声が聞こえてきた。
「きっちりやって来たんだろうなぁ、叶糸ぉ」
「手抜きしてたら許さねぇぞ」
「ほら、早く渡せって」
遠目からその姿を見て、その声を聞いて、『うわ……』と心の中だけでそっとぼやく。揃いも揃ってなんともまぁねちっこい声だ。
門の側に立つ彼らは、全員叶糸の義兄達だ。
赤子の頃に養子として剣家に来る羽目になった叶糸とは、当然少しも血は繋がっていない。なので叶糸とはちっとも似ていないが、彼ら自身は『三つ子か?』ってくらいにそっくりだ。髪色に関しては染めている関係でバラバラだけれども。
「…………」
無言のまま叶糸が背負っている鞄を前側に回し、中からレポートの束を取り出した。
「勿論、ちゃんとやりましたよ」
ここにいる者達は全員まだ学生だ。大学院生だったり、大学生だったりと。補佐達の報告によると国内最高峰の大学に通う叶糸とは違って、奴らは全員揃ってFランクの学校に行っているらしい。各種属性魔術系の国家試験を一つも合格出来ず、テストの成績も芳しくないくせに、何故かレポートの成績だけはかなりの高評価を得ているというアンバランスな者達である。——だが、この後すぐにその理由がわかった。
「早く寄越せ!こっちは急いでんだからよ!」
ズカズカと距離を詰め、叶糸の手から奪う様にレポートの束を受け取ると、表紙を確認しつつ三人がそれらを受け取る。パラパラと一応中身を確認はしているが、読んでいる感じは全くなかった。
「データは?」と訊かれ、今度はメモリースティックを叶糸が投げ渡す。それらも受け取り満足すると、レポートはファイルに挟み、メモリースティックを鞄に入れながら、「そういや、オヤジの企画を稼働させる為に、新しくチームが結成されたらしいな」と剣家の長男である|三弦《みつる》が話し始めた。彼は最有力跡取候補なので経済系の学部に通っているらしいが、成果はあまり良くない。浪人時期があったり、大学の時点で何度か留年を繰り返しているせいもあって二十七歳になった今でも跡は継がず、高い志もなく大学院生をやっている。もしかすると、爵位や会社を継いだり、社会人になったりするのすらも嫌だというのが本心なのかもしれない。
「あぁ、叶糸に清書させてたアレか」
次男である|知矢《ともや》の言葉を聞き、「……よ、良かった」と叶糸が呟いてしまった。ハッとした顔をしつつ反射的に叶糸が鞄をギュッと抱き締めると、同じタイミングで、知矢が容赦無く彼を蹴り飛ばした。
「お前の功績じゃねぇだろうがよ!」
知矢が彼を馬鹿にしたような顔で叫んだが、清書どころか、一から十まで全て叶糸の発案なのだから、その言葉は自分らの父親に言うべきだ。
蹴られた反動でバランスを崩し、その場に叶糸が座り込む。だがその時運悪く私の存在が目に入ったのか、一瞬彼の顔が強張り、慌てて私を背後に隠すような位置に体をずらした。
(……イケメンか?)
呑気にちょっとときめいてしまったが、彼の心境はそれどころではなかった事だろう。
「——おい、今何隠した?」
知矢が叶糸の咄嗟の行動に不信感を抱いた。腐っても、高校から今に至るまでずっと騎士育成系の学科を専攻してきただけあって目は良いようだ。残念ながら騎士道精神は少しも身に付いていないみたいだけども。
「動くんじゃねぇぞぉ」
弱みを握れると期待でもしているのか、ニタニタと笑いながら三男である|滋流《しげる》が叶糸に近づく。Fラン大学とはいえ、一応は魔術研究系の学科に通う事を誇りに思っているのか、叶糸の体をご丁寧に「彼の者を拘束せしめろ、“捕縛”っ!」と呪文を叫んで土魔法で拘束して動けなくさせた。……だけど、完成度がかなり低い。兄達は「いいぞ!」「よくやったな」と褒めているが、叶糸が少しでも身じろげばすぐに崩れそうだ。
叶糸がこちらに視線をやり、『逃げろ』と声を出さずに指示を送ってきた。だが私が平然とそのままでいると、「どれどれぇ」と不快な声と顔をしながら滋流と三弦が叶糸の背後を両サイドから覗き込む。知矢は彼の正面に立ち、いつも腰から下げている長剣を彼の顔面に向けてきている。剣は鞘に入ったままではあるが、なんともまぁ非常識な奴だ。暴行罪で退学になり、ついでに早く捕まってしまえ。
いつでも私を守れる様になのだろう。叶糸の体から魔力がブワッと溢れ始めた。だが義兄達は誰一人としてそれを感知出来ていない。『せめて魔法を専攻する滋流くらいは気付け!』と言いたくなったが、精巧で綺麗な魔力だから自然界に混じっているモノとの判別がつかないのかもしれないな。
「……何もねぇぞ?」
「んだな」
「——は?んな訳!」と叫びながら、知矢も叶糸の背後に回ったが、彼らの目にはただの地面しか確認出来ない。何か大事な物を落としてしまったという形跡もなく、やり場のない苛立ちを抱いた知矢が「クソが!」と言い、地面を蹴った。
え?と叶糸も不思議に思いながらチラリとこちらに視線を向けると、彼はちゃんと私と目が合った。重い腰をあげながら二足歩行体制に移行し、下手クソながらも右目でウィンクを送ってみる。
「——っ!」
途端に叶糸の口が変に歪み、顔を真っ赤に染めた。体を震わせ、前側に回している鞄に顔を埋めると、何を勘違いしたのか兄達の顔が愉悦を浮かべる。
「トロクセェからなぁ、びびって少しでも逃げようとして、失敗したんだろ」
「んだなぁ」
「あー。お前のせいで魔力無駄にしたわ、くそ」
自分達を怖がって震えているとでも受け取ったのか、彼らはすごく満足そうだ。
「おい、行くぞ。飯だ飯ー」
「コイツのせいで、まぁた時間無駄にしちまったなぁ」
「俺らはなぁ、お前と違って社交もあって忙しいんだよぉ」
(だからって、末弟にレポートを代筆させるのはどうなんだ)
全員学科も学年もバラバラだから、叶糸は四分野分もの勉強を強要されている事になる。経済系のレポートをとなると時事ネタも多岐に渡り仕入れないとだろうし、騎士育成系の学科も大学院レベルになると歴史や戦略に関しての知識をも求められる。三男が通う魔術研究に関してはまぁ、高等学校時代にはもう魔術系の国家試験の全てを合格済みである叶糸にとっては楽なものだろうけども。
(しかも、お前らが行っているのはお貴族様達の“社交界”じゃなく、学生の飲み会レベルの集まりだろうが!)
頭の血管がブチギレそうになってきた。だが、こんな者達を放置していたのも自分の責任であると己に言い聞かせる事で、ちょっとずつ気持ちを落ち着かせる。
煩い三人衆が自宅の屋敷の中に戻って行く。その姿をしっかり最後まで叶糸が見送ると、お次はギュンッと真顔をこちらに向け、鞄を背中に背負い直したとほぼ同時に私を腕に抱え上げて屋敷の外に全力疾走し始めた。
#オリジナル
Nonn❄2