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Nonn❄2
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生粋の“狼”は時速約五十六キロ程で走り、二十キロもの長距離を一日で移動する事も可能な生き物だ。“人間”要素が組み込まれている“獣人”では、流石に“狼”であろうとそこまでの能力を素では持ち合わせてはいないが、鍛えた者であれば同等に近くはなれる。どうやら叶糸は後者のようで、剣家の敷地を飛び出し、アスファルトの公道を草原や森の中みたいに駆けに駆けた彼は、隣街にある廃れた公園にまで私を連れて来た。
「……大学は、いいの、か?」
余裕を持って一限目から出席出来るであろう時間にはもう家を出たんだ。てっきりあのまま学校に向かうとばかり思っていたのだが、此処では随分と離れている。
「あぁ、今日は午後からだから大丈夫だ。あの時間に家を出たのは、アイツらに渡す物があったのと……いつもは、家に、居たくないから習慣化しているだけ、だな」
ブランコに乗り、足だけで軽く揺らす。私は膝の上に抱えられた状態で、一向に離してくれる気配はない。
住宅街の一角にあるこの公園には、私達以外には誰も居ない。動くとギーギーと煩いブランコ、ペンキの禿げた木製のベンチ、他には小さな砂場があるだけの、管理がずさんな小さな公園だ。少し足を伸ばして、もっと大きな遊具のある綺麗な公園の方に子連れの人達は集まっているのだろう。
「……お前が、無事でよかった」
ふっと緊張の糸が切れたのか、急にギュギュッと抱き締められて骨が軋む。きっと彼は、その生い立ちのせいで一度も小さき者や動物なんかを相手にした事が無いのだろう。加減が一切出来てはおらず、私が相手じゃなかったら骨が折れるか、下手をすると砕けていたかもしれない。
「でも、何でアイツらには見えなかったんだ?」
今度は一転して力を緩め、私のわがままボディの腰っぽい箇所を掴み、顔が見える程度に少し離した。
見上げた彼の目の下のクマが昨日よりも少しマシになっているから、『昨晩は普段よりかは眠れたのか』と、つい関係の無い事を考えてしまった。が、疑問には答えようと「——ハッ」と笑い、胸を張る。だけどこの体では、ただ腹を突き出しただけみたいにしかならず、ちょっと後悔した。
「あの程度の者達に姿が見える程、下等な魔力は持っちゃおらんからなっ!」
突き出したままの腹、そして何故にこの口調なんだ。……と、やってしまってから後悔したが、もう遅い。変に“彼”が自分の“後継者”である事を意識し過ぎ、間違った方向でつい先輩風を吹かせてしまい、変な口調になってしまった。
だが、「成る程」と叶糸はすぐに納得してくれた。兄達の魔力の低さは、彼が一番実感しているからだろう。
「溢れんばかりの上質な魔力を持った、マーモットって事か」
「違うっ!……のじゃ」
慌てて否定した後、今度は無駄な語尾を付け加えてしまった。『いや、だから何をやっているんだ、私は!』と心の中でツッコミを入れつつも、そんな私を可愛いとでも思っているのか、叶糸の端正な顔はどう見ても歓喜で緩み切っている。
「じゃあ、アルカナの正体は?」
本気で訊く気があるのかないのか、私の体を持ち上げて頬擦りをし始めた。これが本物のマーモットだったならば、奇声をあげて逃げている所だ。
「私はなぁ、この惑星の、“ハコブネ”の“管理者”だ、じゃ」
「うぐっ!」
ブレブレな口調にツッコミを入れず、今にも笑いそうなのを耐えてくれている。『ホント、いい奴だな』とちょっと思った。
私のぽっちゃりボディからゆっくり名残惜しそうに顔を離し、軽く咳払いをしてから「管理者?」と不思議そうな顔を向けてくる。『何の冗談だ』と一蹴する事なく聞く姿勢を見せてくれているのは、きっと私が『人語を操るマーモット』という特異な状態にあるおかげかもしれない。昨晩まではこうなってしまった事に難儀していたのに、まさか今は功を奏す結果に繋がるとは驚きだ。
「あぁ、“とある者”に管理を任されておる、のじゃ」
「“ハコブネ”の“管理者”様が、どうしてこんな所で、こんな姿に?」
それはお前のせいだろ!と反射的に思ったせいか、顔が睨む様に歪む。だけどこの体のおかげで彼は、見詰めてもらえた事に喜んでいるみたいだった。
「話すと長いぞ?」
「キミの話なら、三日三晩正座のままでも聞き続けられるよ」
「……いや、ちゃんと寝ような?しかもそこまでは長くない、ぞな」
「何だかこのままだと、そのうち語尾に『マモ』とか付け始めそうだね」
そう言って叶糸がクスクスと笑う。『んなわけ』と否定したい所だが、ブレにブレている言葉遣いとこの口調では、そう思われても仕方がないのかとすぐに納得出来てしまった。
「時間の方は大丈夫なのか?」と訊き、時計を見るように促す。貴族とは到底思えぬ安物の腕時計で時間を確認し、叶糸は「全然大丈夫だ」と頷いた。
「場合によっては、今日は休んでもいいし。単位の方は問題ない」
「そうか」
深くは訊かずに返す。そして、
「……座っても? 流石に宙ぶらりんのままでは離しにくいの、じゃが」 と頼んでみた。
「そうだったな、ごめんごめん」
望み通りに座らせてはくれたが、私を離す気はないようで、彼の膝の上だった。振り返って叶糸を見上げながら話すと首が痛くなりそうなので、もうこのまま正面向きで話す事に決めた。