雪子が店へ入ると、窓際に座っていた優子が手を挙げた。
「雪子っ!」
「お待たせー」
「私も今来たところよ。雪子、今日の服可愛い」
「ありがとう。デパート時代に買ったまま着ていなかったやつなの」
「いい、凄くいい! 雪子はスーツよりもこういう柔らかい雰囲気の方が似合うね」
雪子がデパートで働いていた頃はいつも黒のスーツ姿だったのを知っていた優子は、
目を細めてしみじみと言う。
優子はパリッとしたスーツや襟を立てたシャツが似合うが、
雪子はワンピースやフレアースカートなどの優しい感じの服の方が似合う。
二人は幼馴染なのに服の好みも性格も正反対だった。
正反対だからこそ気が合うのだろうか?
二人は幼稚園の頃から一度も喧嘩をする事もなく今日まで来た。
それから二人はピザやアラカルトの料理を何種類かと白ワインを注文した。
「それより、フリースクールの美術教師、決まった?」
「漸く決まったよぉー。修のサーフィン仲間の彼女なんだけどさぁ、美大出ててとってもいい子なの。引き受けてもらえてホッ
としたわ」
「良かったねー」
「雪子はどう? スーパーに勤め始めてもう三ヶ月経ったよね? もう慣れた?」
「うん、同僚がいい人ばかりだからすごく働きやすい」
「そっか。人間関係がいい職場は貴重だよね。デパート時代は大変だったもんね」
優子はそう言って眉間に皺を寄せる。
「女性が多い職場はどうしてもね。うるさいお局様とか派閥とか? 今思い出してもゾッとするね」
雪子も苦笑いをする。
「雪子の家から近いのもいいよね。長く続ける秘訣はやっぱり人間関係と距離だよ」
「うん、それはある。満員電車に乗らなくていいのが最高」
「今だから言うけどさ、雪子がずっと鎌倉にいてくれるっていうのはやっぱり幼馴染として嬉しいよ。こうやって気軽に誘える
しね。特にこれから老後に向かっての充実度が断然違うと思う」
「フフッ、もう老後の心配? 和真は家を処分して東京に出て来ればって言ってたけれど、長年住んだここを離れる勇気はない
かなー」
「和真そんな事言ってんの? 近くに来たら俺が面倒見てやるよって? 頼もしいじゃん。あの子も大きくなったねー」
「うん」
「それ以前に、和真は早く彼女を作らないとだよね。私は和真の孫を抱くのが夢なんだから―」
優子はそう言って笑った。
「フフッ、そうだね。でもさー彼女いないって言ったのになんか最近あやしいんだよねー」
「え? 彼女出来たの? 大学時代も男とばかりつるんでた和真が? 何よ、今度帰って来たら問い詰めなくちゃ!」
優子はそう言って鼻息を荒くする。
思わず雪子は笑った。
そこでワインと料理が運ばれてきたので二人は乾杯する。
そして早速料理を取り分けて食べ始めた。
料理を食べながら雪子が言った。
「やっと…やっとね、家の片付けを始めたんだ」
その言葉に優子は「えっ?」という顔をする。
「おじさんの遺品整理?」
「うん。やっとね…」
「そっかー。雪子もやっと始めたか…偉いよ雪子!」
「ありがとう。まずは父の書斎からと思ってこの前頑張って片付けたんだ。そうしたら他の部屋の散らかり具合が気になっちゃ
って、なんかどんどん片付けが進んでいるの。だから今結構忙しくて大変!」
「すごいじゃんっ! 更年期でやる気出ない―ってずっと逃げていたのに」
「私、更年期のせいにしてた?」
「してたしてた。すべてを更年期のせいにしてた!」
優子は笑いながら言うと、雪子は呟く。
「そっか、してたか…」
「更年期ってさ、そりゃ辛い事も色々あるよ、体調が悪かったり鬱々したり? でもさ、良い事もあるんだよ。何て言うのか
な、今までの自分を振り返るっていうのかな? 振り返って自分を慰めて理解してあげて、で、そこからまたスタートなんだ
よ。『リスタート』なの。それってつまり新しい自分に生まれ変わるチャンスなんだよ。だからあまり更年期をいじめないであ
げようよ」
優子の言葉を聞き、雪子は小さな感動を覚える。
(優子は本当に素敵な女性だな…いつもプラス思考で良い方向へ導いてくれる。こういう所に修さんは惹かれたんだろうなぁ)
「ちょっとぉ、今のちゃんと聞いてた? リスタートだよ、リ・スタート!」
「聞いてた聞いてた!」
雪子は声を出して笑いながら優子にそう答えた。
コメント
2件
更年期、ひどくはない方ですが思い当たる節がありすぎて…😅 優子さんの「リ・スタート」で目を覚ましてもらった気分です❗😆
雪子さんと優子さん、幼馴染でとても仲良しでいろんな事をアドバイスくれる関係はとても羨ましい😊🌷 優子さんのフリースクールの講師は❤️ここでも瑠璃マリ先生の🔗があって楽しいです〜😻🎶