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古い写真は、離れの押し入れではなく、本堂脇の納戸にあった。住職が「たしかこの辺り」と出してくれた段ボールの中に、色褪せた封筒が何枚も入っている。
絋規は手袋をはめ、写真を一枚ずつ光へ透かした。
「湿気は食ってるけど、まだ見られる。ありがたい」
「ありがたいの基準が写真屋だ」
蓮都が呆れる。
啓介は海花の描いた似顔絵を横に置き、古い写真を見比べていく。子どもたちが縁側に並んでいるもの、住職が鍋を持っているもの、布団が干してあるもの。どれも離れが今より賑やかだった頃の空気を閉じ込めていた。
「これ」
義海が先に指を止めた。
一枚の集合写真。春らしい薄い光の中で、子どもが六人、大人が三人写っている。端に座った女の子だけ、少し体を引いていた。笑っていないわけではない。でも、いつでも立ち上がって逃げられるような顔をしている。
その髪に、小さな赤い結び目が見えた。
啓介は思わず写真を両手で持ち直す。
「……いた」
「似てる」
芽生が息をひそめる。
「海花さんの絵と」
「目元が同じだ」
莉々夏も身を乗り出す。
写真の端は傷んでいたが、少女の顔だけは不思議なくらい残っていた。頬の細さ、視線の置き方、笑いきらない口元。昨日、縁側で泣いた女性の面影が、たしかにそこにある。
啓介は写真のさらに奥を見た。少女のすぐ後ろに立つ女性がいる。顔は少しぼやけているが、手つきだけがやさしい。結び目を確かめるように、子どもの肩の近くへ手を置いていた。
胸の奥がどくんと鳴る。
「どうした」
遼征が聞く。
啓介は首を振った。まだはっきりとは言えない。けれど、その立ち姿に、どこか母の気配が混ざった気がしたのだ。
絋規が写真をそっと裏返す。
「裏、何か書いてないかな」
鉛筆の薄い文字が残っていた。
だが湿気で滲み、すぐには読めない。
絋規は目を細めたまま言う。
「写真館のルーペ持ってくる。あと、昔のネガも店に残ってるかもしれない」
その時、啓介は少女の肩のあたりにもう一度目を戻した。赤いリボンは、ただの飾りじゃない。ほどけないよう、強く、でも痛くない形に結ばれている。
海花の似顔絵、昨日の涙、集合写真の少女。
ばらばらだったものが、同じ一人へ向かって線を引き始めていた。
絋規は写真を持ち上げ、戸口の光へ透かした。
「裏、ちゃんと読めたら、もっと先へ行ける」
#海辺の町