そこで所長の竹原が言った。
「こちらの写真もご覧ください」
竹原は更に10枚前後の写真を二人の前に置いた。
「うちの長田はまだここへ入ったばかりの新人でして…で、今回初めて担当を持たせたんですが結構頑張ってくれまして…そ
うしたら、こんなものも撮れたみたいです」
凪子は、今置かれた写真に目を通した。
そこで思わず、
「えっ?」
と声を漏らす。
その声に信也も写真を覗き込む。
そこには、絵里奈が25歳前後の派手な若者と親し気に歩いている写真があった。
絵里奈が茶髪の若者と室内着のままコンビニへ行く写真、
その若者と電柱の陰でキスをしている写真、
そして二人で手を繋いだままアパートへ入って行く写真など、
どう見ても二人が恋人同士と思えるような写真ばかりだった。
「つまり不倫相手の女性は、二股をかけているって事でしょうか?」
凪子の代わりに信也が所長に聞いてくれた。
「詳しい事はわかりませんが、この写真からは二人が親密な関係にあるという事はわかりますね」
思わず凪子と信也は顔を見合わせる。
そして凪子は思わず笑いそうになる。
夫は絵里奈に二股をかけられていたのだ。
(不倫で二股って……)
自分の夫の事ながら、なぜか可笑しくて声を出して笑いたい衝動に駆られる。
しかしそれをなんとかグッと我慢すると、
「この写真もいただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです!」
竹原は頷いて言った。
そして続ける。
「この後弁護士事務所へご相談されるとの事ですが、これだけの証拠があればご主人の浮気は確実に立証されると思います。
一ヶ月という期間でご依頼いただいた調査ですが本日を以て終了させていただきます。また何かありましたら、遠慮なくお申し
付け下さい」
竹原はそう言うと、長田と一緒に丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ色々とありがとうございました。長い間張り込み本当にご苦労様でした。これ、よろしければ皆様で…」
凪子はそう言って、途中で買って来た菓子折りを長田へ渡した。
長田は初めて担当した顧客からの思いがけないお礼に一瞬驚いた様子だったが、すぐに笑顔になり、
「ありがとうございます」
と言って嬉しそうに受け取った。
そんな長田の様子を隣の竹原がニコニコと見守っていた。
事務所を出た二人は、ひとまず大通り沿いにあるカフェへ入った。
信也が凪子の分のカフェオレも買ってくれた。
飲み物を持って二人は窓際の席へ座る。
そこで凪子は、温かいカフェオレを一口飲むとホッと息をついた。
「フーッ…緊張したー。でも信也がついて来てくれて心強かったわ…ありがとう」
「役に立てたようで良かったよ。で、これからどうするんだ?」
「もちろん離婚よ! 妻との思い出の場所へ愛人を連れて行くとか、マジ有り得ない。怒りを通り越して呆れちゃうわ! おま
けに愛人から二股をかけられている情けない夫なんてもう救いようがないでしょう? あーっ、結婚なんてしなきゃよかっ
た!」
凪子は情けなくなり思わず叫ぶ。
「愛人が二股っていうのはさすがの俺でも想像しなかったな。まあ俺も女をしょっちゅうとっかえひっかえしてるから、人の事
は言えねーけどな…」
「あら、信也は違うわよ。付き合っている時はいつもその女ひと一筋じゃない? ただ信也の場合は一人と長続きしないだ
け!」
凪子はクスッと笑いながら言う。
凪子が笑ったので信也は少しホッとしていた。
あれほどまでの生々しい証拠写真を見せられた後だ。気が弱い女性だったらきっと寝込んでしまうだろう。
しかし凪子は予想に反して落ち着いていた。
(さすが俺が見込んだ女だけあるな…)
信也はそう思いつつ凪子に言う。
「確かに長続きしないんだよなぁ。なんでなんだろうなぁ…」
信也はしみじみ言うとコーヒーを一口飲んだ。
「とにかく、土曜日にこの写真を持って弁護士事務所へ行ってくるわ」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫! 弁護士さんは親友のご主人でよく知った人だから。あ、信也、今日は本当にありがとう。助かったわ」
凪子はもう一度信也に礼を言った。
信也は時折テレビにも出演するほどの著名人だ。
そんな信也が、興信所という物騒な場所へついて来てくれたのだ。
一応薄茶色の丸いサングラスをかけて顔がわからないようにしているが、
それでも有名人にとってはハードルが高い場所だろう。
そこまでして付き合ってくれたのだ。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
凪子は信也に感謝してもしきれなかった。
お礼に、今夜は凪子が夕食をご馳走する事にした。
良輔には夕飯を食べて帰ると連絡してあるので問題ない。
信也がピザを食べたいと言ったので、
二人は馴染みのイタリアンの店へ行き石窯で焼いた美味しいピザとワインを堪能した。
興信所からの調査結果はかなりショッキングな内容だったが、
凪子は自分があまり落ち込んでいない事に気づく。
ここ最近ずっとストレスが溜まっていたが、
今日結果を聞き白黒はっきりさせる事が出来たのでスッキリした気分だった。
これからは、『離婚』という目標へ向かってただ走ればいい。
そうと決まれば、あとは準備を着々と進めていくだけだ。
もちろん、良輔と絵里奈には何らかの制裁を加えるつもりでいる。
凪子はこれから迎えるであろう闘いの日々を前にして、
気合を入れるようにグイッと白ワインを飲み干した。
コメント
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絵里奈、不倫で二股…呆れて何も言えない🌀 しっかり地固めして離婚に向けて突進だね🦬💢 信也さんが長続きしないのは凪子さんへの思いが残ってるからでは? 本心を隠してるのか気づいてないかわからないけど、凪子さんの身辺を整理するうちにお互いの気持ちに気づくといいなぁ🥹