美月はキッチンに戻り、カウンターに置かれた食器を軽く洗って食洗器に入れ始めた。
海斗もリビングテーブルに置いてあったグラスを集めてキッチンへ持って来る。
「今日は楽しかったよ。二人ともすごくいい人だね」
「はい。浩さんは亜矢子が付き合い始めた十年前から知っているので、今では本当のお兄さんみたいなんです。亜矢子は私と同
じ年なのにすごくしっかり者だからお姉さんみたいだし。二人とも大事な友達です」
「俺、音楽業界以外の友達があまりいないから、今日は二人に会えて良かったよ。浩さんとは気が合いそうだしバス釣りの趣味
も一緒だからね」
と嬉しそうに言った。
美月が結婚していた時は元夫が来客を嫌がったので、亜矢子達を家に呼ぶことができなかった。だから今日はみんなでこうして
集まれた事がとても嬉しかった。
美月はキッチンの片づけを終えると帰り支度を始めた。
望遠鏡はどうしよう? と思っていると、海斗がそれに気づく。
「ここに置いて行っていいよ。撮りたい時はいつでも来ればいい」
「え? でも……」
「俺が留守の時は鍵を渡すから、それで入ればいいよ」
海斗は特に気にする様子もなく普通に言った。
さすがに美月が戸惑っていると、海斗が話題を変える。
「明日は休み?」
「はい」
「じゃあ今からドライブに行こう!」
「えっ? でも、この後用事があるんじゃ?」
美月がそう聞くと、
「用事っていうのは、君とのドライブの事だよ」
海斗はそう言って笑った。
「えっ?」
「せっかくスーパームーンの夜なんだから、出かけないともったいないぞ!」
海斗はそう言うと出掛ける準備を始めた。
「この間、実家で兄貴に城ヶ島で月を観たら綺麗だと教えてもらったんだ。だから行ってみないか?」
「城ヶ島って、三浦半島の?」
「そうだよ」
美月は、城ヶ島からの星空を一度観てみたいと思っていた。
城ヶ島は天体写真を撮る人の間では有名な撮影スポットだ。
関東から天の川が撮れる貴重な場所だ。
今日は満月なので、月明かりに負けて星はあまり観えないかもしれないが以前から一度行ってみたい場所だったので心が躍る。
「ほら、早く支度して!」
と海斗にせかされ、とりあえずバッグだけを手にすると海斗の後をついて行った。
エレベーターで地下駐車場へ行き車に乗り込むと、二人はマンションを出発した。
道は比較的空いていて、高速の入り口まではあっという間だった。
いつもは暗い夜空が、今日は満月の月明かりに照らされてとても明るい。
車内には、ムードのあるジャズが流れていて満月の夜にぴったりだ。
高速に入るとさらに空いていて、夜の街灯が一瞬にして流れて行く。
美月は、海斗の運転する車にリラックスして乗っている自分に気づいた。
パーティーの酔いがまだ残っているせいなのか?
それとも海斗に対する信頼感のせいなのか?
どっちなのだろうととりとめもなく考えていると、海斗が今日のパーティーで美月が部屋にいない間の出来事をあれこれと話してくれた。
浩が少し飲み過ぎて亜矢子に怒られていた事や怒られても浩は全く気にする様子がなかった事、美月の作った料理が凄く美味し
かった事等、美月が緊張しないように他愛もない話題をずっと続けてくれる。
(でももうそんな話をしてくれなくても大丈夫なのに)
美月はそんな風にそう思っていた。
海斗の優しさのお陰で本当の自分を取り戻した美月は、ありのままの姿で海斗に接する事が出来る自信があった。
「いつも気にかけてくれてありがとう」
突然、美月がそう言ったので海斗は一瞬驚いた表情をしていたが、すぐに左手で美月の右手を優しく握った。
とても温かい手だった。
やがて車は高速を出て城ケ島方面へ向かった。
城ヶ島大橋を渡ってから城ヶ島の先端へ辿り着くと、車をコインパーキングへ停める。
そして二人は車を降りると海へ向かって歩き始めた。
道の両側に昔懐かしい雰囲気の店が何軒も並んでいた。
おそらく昼間は食堂や土産物屋として営業しているのだろう。今は深夜なので閉店しひっそりとしていた。
商店街の路地を曲がり海への遊歩道を進むと、ホテル跡地の空き地があった。
その先には壮大な磯場が広がりその先に漸く海が見えた。岩場に打ち付ける波音はかなり迫力がある。
二人は磯の上を海へ向かって歩き始めた。
月明かりが足元を照らしてくれてはいたが、足場はかなり悪かった。
海斗は美月に手を差し出す。美月は迷わず海斗の手を握った。
二人は手を繋いで磯の先端まで歩いて行った。
海面が見える場所まで行くとそこは別世界だった。
満月の強い光は海を照らすとそこから一直線に海面を突き進んで来る。それは本当に月へと繋がる階段のように見えた。
反射した光は海の波間に揺れキラキラと美しい宝石を散りばめる。
言葉を発してしまうとすべてが消えてしまいそうな気がしたので、二人は無言のままその美しい光景を眺め続けた。
そんな二人の頬を、時折優しい海風がくすぐる。
その後二人は近くの岩場に腰かけた。
そして海斗が話し始める。
「これは『月への階段』って言うんだってね」
「うん。私初めて見ました。夜の海ってなかなか来ないから」
美月は嬉しそうに言う。
「すごく美しいね。来てよかったな」
「ほんと、心が洗われるよう」
二人はしばらく目の前の神秘的な光景を見つめ続ける。
それから海斗は、握った美月の左手を少し上に持ち上げて聞いた。
「アクセサリーを作るのに、なぜ指輪はしないの?」
突然そんな事を聞かれたので美月は驚く。
「君の指には月のように美しい指輪がきっと似合うよ」
それを聞いた美月はためらいがちに言った。
「いくつか作ってみたんだけれど何かが違うの。しっくりこないの。大切な指輪を作りたくて彫金を始めたはずなのに」
美月は自分でも戸惑っている様子だった。
「よかったら、俺にプレゼントさせてくれないかな?」
海斗は静かに言った。それを聞いた美月は思わず声を出す。
「えっ?」
「ほら、付き合って一ヶ月記念とか、三ヶ月記念とかって今はあるんだろう?」
海斗が知った風に言うと、
「私、付き合ってくださいとは言われていないんですけれど」
美月は怒ったふりをして言い返す。
海斗は、美月が珍しく自分の意見をはっきり言ったので嬉しかった。
「あれ?言ってなかったっけ?」
海斗がとぼけると、
「聞いてませんっ!」
美月も負けてはいなかった。そして二人は同時に笑った。
すると突然海斗が立ち上がり美月にも立つよう促した。
海斗は美月と向かい合うと美月の両手を優しく握った。そして真剣な表情でこう言った。
「この満月に誓って君を大切にするよ。俺と付き合って下さい」
美月は驚いていたが、その後静かに、
「はい」
と答えた。返事を聞いた海斗がホッとした表情を浮かべる。
そして美月を抱き寄せて優しい口づけをした。
満月の月明かりは、一つに重なる二人の身体をまるで包み込むように照らしている。
波間に揺らめく輝きは、まるで二人を祝福するかのようにいつまでもキラキラと輝いていた。
唇を重ね続ける二人に耳元には、心地よい波音が繰り返しのメロディーを奏でていた。
コメント
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きゃ〜、さらっと合鍵🤭さすがです、海斗さん😍ロマンティックな月明かりの中の告白😆それをしっかりと受けた美月ちゃん🥰ほんとに良かったね💞
「この🌕️満月に誓って君を大切にするよ。…」ウハッ(*´艸`*)💖 キャァー(〃ω〃)💖 なんとロマンチックな告白〜🥹💖💖💖 海斗さん✨✨✨素敵✨
月🌕への階段✨…月と海とが繋がって💖✨