テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
再建の話し合いは、仮眠と雑務を挟みながら丸一日続いた。壊れた配線、客室の補修、売却停止後の手続き、喫茶室の再開時期。頭を使うことばかりなのに、誰も不思議と顔を上げていた。
夕方近く、ロビーの一角に簡易の掲示板が立てられる。宿泊客にも町の人にも見える場所だ。そこへディアビレが、一枚の紙を持って立った。
「喫茶室の名前、決めました」
フレアが両手を打ち合わせる。
「来た。絶対いい名前」
ラウールはなぜか司会の顔になり、ベジラは少し離れた場所で椅子を並べながら耳だけこちらへ向けていた。ジナウタスはコーヒーポットを磨く手を止める。
ディアビレは掲示板に紙を貼った。
『君と眠気とコーヒーと』
一拍置いて、ロビーに笑いとざわめきが広がる。
「長いけど、すごく覚える」
「何それ、ずるいくらい良い」
「夜に行きたくなる名前だな」
口々に上がる声の中で、ジナウタスだけが妙に静かだった。ディアビレがそちらを見ると、彼は少しだけ目を細める。
「採用された」
ぼそりとしたその一言に、ディアビレは吹き出しそうになる。
「もともとあなたの言葉です」
「半分だろ」
「残り半分は、私が勝手に育てました」
その返しに、今度はジナウタスの方が少しだけ笑った。
ディアビレは掲示板の紙を見上げる。あの朝、眠気で視界がかすむ中で差し出された一杯。倒れる前に飲めと言われて、悔しいのに救われた時間。誰にも見せないつもりだった弱さを、そこだけは少し預けられた夜。
喫茶室の名前にしたかったのは、しゃれた響きだけではない。救われた時間の温度を、これから来る誰かにも渡したかった。
「眠れない夜に、ちょっとだけ気持ちがほどける場所にします」
ディアビレがそう言うと、ロビーの隅で聞いていた町の人たちがうなずいた。ホテルに泊まる人にも、遅くまで働く人にも、泣きたい夜を持て余す人にも必要な場所だと、皆もう分かっている。
ジナウタスは新しい札の文字を見つめたまま、低く言った。
「じゃあ、毎晩ちゃんと開けないとな」
その言い方が、約束みたいに聞こえた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
#恋愛
#恋愛