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第十章 白霧山の彼方へ
第十四話 五人の歩幅
夜番はそのままハヤトが引き受けた。
山頂の夜は静かだった。
時折吹き抜ける風の音だけが、静寂の中へ溶けていく。
やがて東の空が白み始める。
深い藍色だった夜空は、少しずつ柔らかな青へ変わっていった。
眩しい朝の光が白霧山の頂へ降り注ぐ。
「……ん……」
最初に目を覚ましたのはシュンタだった。
続いてダイチ、ジュウタロウもゆっくり体を起こす。
そして
「わぁ……」
最後に目を覚ましたジントが思わず声を漏らした。
朝焼けだった。
山々の向こうから差し込む金色の光。
空を染める淡い橙色。
朝露を受けて輝く岩肌。
夜とはまた違う、幻想的な景色がそこには広がっていた。
「昨日の夕焼けも凄かったけど、
朝もめっちゃ綺麗やな……」
ダイチが感嘆したように呟く。
ジュウタロウはふと、隣に座るジントへ視線を向けた。
朝の光を受けた黒い瞳が、金色に輝いて見える。
その時、肩へ掛けていた毛布が少し下がっていることに気付いた。
ジュウタロウは何も言わずそっと毛布を掛け直す。
「体を冷やすなよ」
静かな声。
ジントは少し驚いたように目を瞬かせ、それからふわりと微笑んだ。
「ありがとう」
夜よりもさらに眩しい笑顔だった。
後ろから差し込む朝日が、黒髪を金色に透かしている。
ーーとても、綺麗だ……。
ジュウタロウは思わず目を細めた。
その表情は、 いつもの静かな微笑みとは違っていた。
なぜかその笑顔から、目を逸らせなかった。
すると、
「なぁ」
後ろからシュンタの声が飛んでくる。
「なんか二人、距離近ない?」
「ん!?」
即座に反応したのはダイチだった。
「え、昨日なんかあったん?」
シュンタはニヤニヤしながら、面白そうに二人を見る。
ジュウタロウは無言。
だが僅かに視線を逸らした。
それを見たシュンタがさらにニヤニヤする。
「おやおや〜?」
すると、ジントが小さく笑った。
「ふふっ、秘密」
「はぁ!?」
ダイチの声が山頂へ響く。
「なんで秘密なん!?
オレ知らんのやけど!?」
思い切り拗ねていた。
シュンタは腹を抱えて笑い、
ハヤトも肩を震わせている。
ジュウタロウは静かにため息を吐いた。
ひんやりとした爽やかな朝の空気。
不思議と自然に気持ちが軽くなる。
一同は軽い朝食を済ませ、野営の片付けを始めた。
荷物をまとめ、結界石を回収し、馬の様子を確認する。
その間ジントは一人、石碑の元へ向かっていた。
昨夜淡く光っていた石碑。
けれど今は、ただ静かにそこへ佇んでいるだけだった。
ジントはしゃがみ込み、そっと古代文字をなぞる。
冷たい石の感触。
それだけだった。
昨日のような光も、胸のざわめきも、何もない。
「………」
ジントは静かに目を閉じる。
なぜだろう。
またここへ戻って来る。
そんな予感だけが、胸の奥へ静かに残っていた。
「ジントー!出発するぞ!」
ダイチの声が響く。
ジントはハッとして立ち上がった。
「うん、今行く!」
そして五人は白霧山の下山を始める。
険しい斜面。
吹き抜ける冷たい風。
馬の手綱を引きながら、一歩ずつ慎重に進んでいく。
幸い来た道より傾斜は緩やかだった。
それでも気を抜けば足を滑らせそうになる。
だが声を掛け合いながら進むうちに、やがて岩壁のようだった崖を無事下り切ることができた。
崖を降りた後は、再びゴツゴツとした岩場が広がっていた。
乾いた地面を蹴る馬の蹄の音が響く。
太陽はいつの間にか真上へ昇っている。
秋とは思えない強い日差しが、容赦なく五人の体力を削っていった。
「もう少し先に木陰がある。
そこまで踏ん張るぞ」
先頭を歩きながらハヤトが振り返る。
「うへぇ……さすがに暑いわ……」
シュンタがぐったりした声を漏らした。
徐々に景色が変わっていく。
足元へ生えていた草は丈を増し、やがて背丈を越える木々が点在し始めた。
そしてようやく、
「……あった!」
ダイチが指差す。
そこには大きく枝を広げた一本の大木が、深い木陰を作っていた。
一同はその木の下へ馬を繋ぎ、ようやく腰を下ろす。
「はぁ〜……」
危険な崖を降り切り、長い岩場も抜けた。
張り詰めていた緊張が解け、自然と全身から力が抜けていく。
涼しい風が頬を優しく撫でた。
しばらく静かに休んでいたその時。
ダイチがぽつりと口を開く。
「帝都を出発してから、まだ一週間くらいなんやなぁ」
空を見上げながら、苦笑する。
「色んなことありすぎて、感覚よう分からんなるわ」
「確かにそうだな」
ハヤトも静かに頷いた。
「部屋の中で毎日公務ばかりこなしていた頃は、一日がとてつもなく長く感じた」
ふっと目を細める。
「だがここでは、毎日何が起こるか分からない緊張の連続だからな」
ジュウタロウも深く頷いた。
「なんか俺ら、すっかり長年連れ添った旅の仲間って感じやな!」
シュンタが嬉しそうに笑う。
「お前とは連れ添いたくないわ〜!」
ダイチが大袈裟に顔をしかめながら返す。
そのやり取りを見て、ジントも思わず声を上げて笑う。
木漏れ日が揺れる。
体の熱はすっかり冷め、自然と力が湧いてくる。
笑い声。
何気ない会話。
それぞれ違う道を歩いてきた五人が、今は同じ場所で、同じ時間を過ごしている。
この先どんな景色が待っているのかは分からない。
けれど今はただ、隣にいる仲間と一歩ずつ進んでいけばいい。
そんな穏やかな時間が静かに流れていた。
コメント
1件
comiさん、第13話も素敵でした…!🌷 朝焼けの山頂、静かな夜明けの空気感がすごく伝わってきて、思わず深呼吸したくなりました。ジントとジュウタロウの距離感の描き方が繊細で、毛布を直すシーンにドキドキしましたね…。そこをシュンタがちょっかい出してくるのも含めて、五人それぞれの関係性や空気感が丁寧で、読んでいて温かい気持ちになりました。「秘密」って微笑むジントが可愛くて、つい頬が緩みました。 今はまだ穏やかな時間。でも石碑の予感が胸に引っかかります。この先の山道も、きっと五人なら大丈夫…そう思わせてくれる、優しいエピソードでした。続きが楽しみです!📖💫
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