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第十章 白霧山の彼方へ
第十五話 見えた一面
白霧山を下り始めてから数時間が経っていた。
崖を越え岩場を抜けたことで、周囲の景色も少しずつ変わり始めている。
ゴツゴツとした乾いた地面の間から緑が増えてきていた。
背の高い木々。
揺れる草花。
そして
「川や!!」
シュンタが真っ先に声を上げた。
木々の間を抜けた先。
透き通った清流が、陽の光を反射してきらきらと輝いている。
「うわ、めっちゃ綺麗やん!」
シュンタは嬉しそうに駆け出した。
「おい、あんま一人で行くなよー!」
ダイチが声を掛ける。
「大丈夫大丈夫〜!」
シュンタはひらひらと手を振った。
一同も馬を引きながらゆっくり川辺へ近付く。
水は驚くほど澄んでいた。
冷たい水が岩の間を流れ、涼しげな音を立てている。
「うわ、冷たっ!」
川へ手を突っ込んだダイチが声を上げる。
ジントもしゃがみ込み、そっと水へ触れた。
「気持ちいい……」
白霧山の冷たい空気とはまた違う、柔らかな涼しさだった。
その時。
「見て見て!!なんかおる!!」
シュンタが川の奥を指差す。
水の中を銀色の小さな魚が泳いでいた。
「めっちゃ綺麗やん!」
夢中になったシュンタはさらに川の奥へ身を乗り出す。
「おいシュンタ、滑るぞ」
ジュウタロウが静かに声を掛けた。
「大丈夫やって——」
その瞬間だった。
「うわっ!?」
足元の岩が滑る。
バランスを崩したシュンタの身体が川へ落ちかけた。
「シュンタ!」
反射的にすぐ近くにいたジントが腕を掴む。
だが
「わっ……!」
勢いに引っ張られ、ジントまで体勢を崩した。
次の瞬間。
バッシャーン!!
二人まとめて川へ落ちる。
「ジント!!」
ダイチが顔色を変えた。
川は見た目以上に深く、流れが速い。
水へ落ちた二人の身体が一気に下流へ流される。
シュンタは必死に岩へしがみつこうとするが、濡れた手が滑る。
「っ……!」
ジントも流れに足を取られ、うまく立てない。
ダイチが飛び込もうとしたその時。
「下がれ!」
ハヤトの鋭い声が飛ぶ。
同時にジュウタロウの剣が抜かれた。
青白い光。
次の瞬間、川の一部が凍りつく。
流れが一瞬鈍る。
「今だ!」
ハヤトが岸から身を乗り出し、シュンタの腕を掴む。
同時にダイチが川へ飛び込み、ジントを抱き寄せた。
「ジント!!大丈夫か!?」
「う、うん……」
ずぶ濡れのまま、なんとか岸へ引き上げられる二人。
しばらく誰も喋らなかった。
川の音だけが響く。
その沈黙を破ったのは——
「……シュンタ」
ハヤトだった。
低い声。
普段とは明らかに違う空気。
シュンタがビクリと肩を揺らす。
「お前一人が危険になるだけじゃない」
静かな声だった。
けれどその言葉には、強い感情が滲んでいた。
「お前が無茶をすれば、誰かが巻き込まれる」
「……」
「もし流されていたらどうするつもりだった」
シュンタは何も言えない。
「……ごめん」
小さな声だった。
ハヤトはさらに言葉を続けようとしたが、そこで口を閉ざす。
代わりに
「……軽率すぎる」
ジュウタロウが低く呟いた。
その声もまた、いつもより冷たかった。
シュンタは俯く。
いつものように冗談で空気を誤魔化すこともできない。
「……ほんま、ごめん……」
絞り出すような声。
その姿を見て、ダイチも小さく息を吐いた。
「……次から気ぃつけろよ」
怒っているわけではなかった。
ただ本当に、心配していたのだと分かる声だった。
ジントも服からぽたぽたと水を滴らせながら困ったように笑う。
「とりあえず、風邪引く前に乾かそ……」
その笑顔を見た瞬間、ハヤトは静かに目を伏せる。
怒りの奥にあったのは、焦りだった。
失いたくない。
誰一人。
そんな感情が胸の奥で静かに燻っていた。
川辺へ吹き抜ける風が、濡れた服とその下の身体を少しずつ冷やしていく。
「うぅ……冷た……」
ダイチが髪から水を払った。
隣ではジントも、ぎゅっと腕を抱くようにして肩を震わせている。
「とりあえず着替えやな!」
シュンタが慌てて荷物を漁り始めた。
だがその動きにはいつもの軽さがない。
「……」
ハヤトは何も言わず、少し離れた岩へ腰を下ろしていた。
腕を組み険しい表情のまま川を見つめている。
その空気に、誰も気軽に声を掛けられなかった。
シュンタはちらりとハヤトを見る。
けれどすぐ視線を逸らし、小さく唇を噛んだ。
「……ジンちゃん、これ使って」
差し出したのは温風が出る簡易魔導具だった。
「あ、ありがと」
ジントは受け取り小さく笑う。
シュンタも笑い返そうとした。
だがうまく笑えなかった。
その様子に気付いたダイチが、なんとも言えない顔になる。
着替えを終えた三人。
濡れた服を枝に干して乾かす。
再び全員で木陰へ集まっていた。
けれど、先ほどまでの和やかな空気はどこか消えてしまっている。
静かだった。
聞こえるのは、風に揺れる木々の音と川のせせらぎだけ。
その時。
「……悪かった」
ぽつりとシュンタが呟いた。
全員が顔を上げる。
シュンタは俯いたまま、草をぎゅっと握り締めていた。
「俺……ちょっと調子乗っとった」
珍しく、冗談の欠片もない声だった。
「皆とおるん楽しすぎて……なんか、
ちゃんと周り見えてへんかった」
ダイチが小さく目を見開く。
シュンタがこんな風に素直に落ち込むのは珍しかった。
「……ごめん」
もう一度、小さく謝る。
その時だった。
「シュンタ」
ハヤトが静かに口を開いた。
シュンタの肩がびくりと揺れる。
「……俺も、少し言い過ぎた」
「え……」
シュンタが顔を上げる。
ハヤトは困ったように息を吐いた。
「怖かったんだ」
その言葉に、全員が静かに目を見開く。
「一瞬で二人とも流されていったからな」
ハヤトは苦笑する。
「間に合わなかったらどうしようって、本気で思った。だから感情的になった」
そう静かに続けた。
シュンタはしばらく呆然としていたが、やがて小さく笑った。
「……ハヤちゃん、ちゃんと怒るんやな」
「当たり前だ」
「なんかちょっと安心したわ」
「どういう意味だ」
ハヤトが眉を寄せる。
「やっぱハヤちゃんも人間なんやな〜って」
シュンタが言った瞬間、ダイチが吹き出した。
「それは失礼すぎるやろ!」
ジントも思わず笑い声を漏らす。
張り詰めていた空気が少しずつ解けていった。
その時、
「……これは」
不意に、少し離れた場所からジュウタロウの声が聞こえた。
全員が振り返る。
そこには、岩陰へしゃがみ込むジュウタロウの姿。
珍しく、本当に珍しく、その銀の瞳がはっきり輝いていた。
「見ろ」
声まで少し早い。
ダイチが目を瞬かせる。
「え、ジュウタロウ?」
ジュウタロウの手には透き通った淡青色の鉱石が握られていた。
陽の光を受け、内部が雪のようにきらきら輝いている。
「氷晶石だ……!」
ジュウタロウは食い入るように石を見つめる。
「しかもこの大きさと透明度……かなり珍しい」
いつもの落ち着いた口調なのに、明らかに熱が入っていた。
指先で丁寧に表面を撫でながら続ける。
「氷晶石の主な原産地は、フィルディア北部の永久凍土地帯だ」
「へぇ〜」
シュンタが感心したように覗き込む。
「特に透明度の高いものは、氷属性の魔力伝導率が非常に高い。
王族や上級騎士の武器へ使われることも多い」
「そんな凄い石なん?」
ダイチが目を丸くする。
ジュウタロウは静かに頷いた。
「フィルディアで流通しているものは大抵かなり小さい欠片だ」
「これほど純度が高い天然物は、俺も実物を見るのは初めてだな……」
そう言いながら、完全に目がキラキラしていた。
「ということは……この川の上流に鉱脈があるのか?」
ぶつぶつ考え込み始める。
「いや、白霧山の地下水脈と繋がっている可能性も……」
かなり楽しそうだった。
全員がぽかんとその姿を見る。
そして
「……そんな顔もするんやな」
シュンタが思わず呟いた。
ジュウタロウはハッとしたように顔を上げる。
「……!」
その瞬間、全員と目が合った。
一瞬の静寂。
ジュウタロウが小さく咳払いする。
「……失礼」
だが、耳がほんのり赤い。
それを見たダイチがついに吹き出した。
「はははっ!!ジュウタロウ、
めっちゃ楽しそうやったな!」
「別に、そこまででは……」
「いや絶対楽しかったやろ!」
シュンタもニヤニヤしながら言う。
「氷晶石だ……!とかめっちゃ早口やったで?」
「なっ……」
ジュウタロウが珍しく言葉に詰まる。
ジントは肩を震わせながら笑っていた。
「なんか、ジュウタロウ可愛かった」
「……ジントまで言うのか……」
顔を逸らし深くため息を吐く。
けれど、赤く染まった耳と、ほんの少し緩んだ口元は隠しきれなかった。
爽やかな風が吹き抜ける。
先ほどまで重かった空気は、いつの間にか消えていた。
五人の笑い声が、木漏れ日の下へ静かに響いていた。
コメント
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第14話読み終わったよ〜!!😭💕 川辺の事故、ハヤトの怒りがすごくリアルで胸がギュッとなった…。普段冷静な人が本気で怒るところに、仲間を失いたくない気持ちが溢れててエモすぎる。そしてジュウタロウの「氷晶石だ…!」であの早口&キラキラ目!普段の冷静なギャップが可愛すぎて悶えた🥺💖最後は笑い声で締まって本当に良かった…。comiさん、今回も最高でした!次話も楽しみにしてるね!🌸