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#アラスター
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その日は、いつもより少しだけ影が長かった。 僕たちはいつものように、学校の正門を出てから、信号のない交差点を右に曲がる。
隣を歩くのは、匿名A子。 彼女はときどき、歩道の縁石(ふちいし)の上を綱渡りみたいに歩く。 そのたびに、彼女の背負ったランドセルの中で、筆箱や定規がカタカタと小さな音を立てる。
僕は、彼女がバランスを崩さないか、それとも僕を置いていってしまわないか、少しだけ不安になりながら、一歩後ろを歩いた。
「ねえ」 と、彼女が前を向いたまま言った。 「今日の理科の実験、面白かったね」
僕は「そうだね」とだけ答えた。 本当は、実験の内容なんてほとんど覚えていなかった。 ビーカーを覗き込む彼女の横顔を、反対側の班からバレないように盗み見ていたこと。 それだけで僕の頭はいっぱいだったから。
学童の建物が見えてくる。 そこは、僕たちの「共有」が終わる場所だ。
「じゃあ、また明日」 彼女が縁石から飛び降りて、僕を振り返る。 僕は片手を少しだけ上げて、彼女がドアの向こうに消えるまで、その場に立ち尽くした。
まだ、僕のポケットの中には、 相談相手である女子B子に「あの子と何を話せばいい?」と聞きまくって手に入れた、 気の利いた話題の欠片(かけら)がいくつも残ったままだった。