千本桜 ―夜ニ紛レテ散リユク恋―
第一幕:青空と鉄条網の帝都
時は、和と洋、そして奇妙な技術が混ざり合う「新帝都」。 街の中央には、天を突くほど巨大な神木**『千本桜』**がそびえ立ち、その周囲を蒸気機関車が「環状線」として走り抜けていた。
若き武士、**鏡音 蓮ノ進(れんのしん)**は、帝都の治安を守る守備隊の精鋭でありながら、その古風な正義感ゆえに周囲から浮いていた。 「武士の魂は、この一振りの刀にあり」 そう信じて疑わない彼に、ある日、父から「許嫁」が紹介される。
「初めまして、蓮ノ進様! 私があなたの未来の嫁、**結(ゆい)**です!」
現れたのは、伝統をかなぐり捨てたような娘だった。 短く切り揃えられた着物の裾、編み上げのブーツ。腰には「光線銃」を模した最新式の仕掛け傘を携えている。 「なんだその破廉恥な格好は!」と憤る蓮ノ進。 「これが今の『最先端』ですよ! 蓮ノ進様、そんなに眉間にシワを寄せていたら、安楽浄土へ行く前に老けちゃいますよ?」 結はケラケラと笑い、不機嫌な蓮ノ進の腕を強引に引いて、桜並木の下を駆け抜けた。
第二幕:一期一会の狂騒曲
二人の生活は、毎日が戦場だった。 蓮ノ進が武術の修練に励めば、結は隣で蓄音機を鳴らして踊りだす。蓮ノ進が「女は家を守るもの」と説けば、結は「私はあなたと並んで歩く女になりたいんです」と一歩も引かない。
しかし、ある「事件」が二人の距離を縮めた。 反政府勢力が帝都に火を放った夜。蓮ノ進は多勢に無勢、路地裏で窮地に陥る。 背後から忍び寄る刃。その時、闇を切り裂いて放たれたのは、結が持つ仕込み傘からの眩い閃光だった。
「蓮ノ進様、後ろがガラ空きですよ!」 「結……!? なぜここに!」 「言ったでしょう? 私は、あなたの隣を歩く女になるって。……死ぬ時も、一緒ですから」
その夜、満開の桜の下で、蓮ノ進は初めて結の手を握った。 「……お前は、本当に手に負えない女だ」 「ふふ、最高の褒め言葉として受け取っておきますね」 二人は、三千世界の片隅で、静かに将来を誓い合った。
第三幕:宴の幕は上がった
動乱は加速する。 帝都の中央、千本桜のふもとで、旧時代の武士たちを殲滅せんとする大規模な作戦が決行されることとなった。蓮ノ進はその最前線に立たされる。 「これは武士の死に場所だ。結、お前は城下へ逃げろ。これは命令だ」 蓮ノ進は、結に預けていた家宝の守り刀を強く握らせ、彼女を突き放した。
戦場は、地獄と化した。 吹き荒れる火炎、飛び交う銃弾。蓮ノ進はたった一人、千本桜の根元で、迫り来る敵を斬り伏せ続ける。 「……ここまでか」 体中に矢を受け、刀も折れ、蓮ノ進が膝をついたその時。 戦場に、場違いなほど美しい、あの歌声が響いた。
第四幕:夜ニ紛レテ、君ヲ想フ
「蓮ノ進様ーーーーっ!」
人混みを、炎を、銃火を潜り抜け、結が走ってくる。 「来るな! 来るなと言っただろう!」 蓮ノ進の叫びも虚しく、結は彼の前に飛び出した。 その瞬間、敵の放った一斉射撃が、結の華奢な背中を無慈悲に貫いた。
「……あ……っ」 結の体が、ゆっくりと宙に舞う。 蓮ノ進は、叫び声を上げながら、崩れ落ちる彼女を抱きとめた。 「なぜだ……なぜ、逃げなかった……!」
結は血に染まった手で、蓮ノ進の頬を優しく撫でた。 「……だって、約束……したでしょう……? あなたの……隣に、いるって……」 彼女の胸からは、彼女が愛した桜よりもずっと鮮やかな、赤い血が溢れ出していた。 「蓮ノ進様……笑って……。私……最後は、あなたの……笑顔が、見たい……」
結の瞳から光が消え、握りしめていた手が、力なく地面に落ちる。 「結? 結! 嘘だ、目を開けろ! 返事をしてくれ!」
蓮ノ進の慟哭が、夜の帝都に響き渡る。 しかし、返ってくるのは風に舞う桜の音だけだった。
終幕:安楽浄土の先へ
蓮ノ進は、冷たくなった結を静かに抱き上げ、千本桜の幹に背を預けた。 頭上では、千本の桜が狂ったように咲き乱れている。 「……ああ。そうか。お前のいないこの世界こそが、本当の地獄だったのだな」
蓮ノ進は、折れた刀を自分の隣に置き、結の額にそっと口づけをした。 「結。すぐに行く。……次は、刀も、戦争も、身分の違いもない世界で。……ただの男と女として、出会おう」
彼は、結の死顔を見守るように、静かにその瞳を閉じた。 降り注ぐ桜の花びらが、寄り添う二人を優しく包み込んでいく。
翌朝、帝都の混乱が収まった時。 千本桜の下で見つかったのは、まるで眠っているかのように微笑みながら寄り添う、若き武士と娘の亡骸だった。 その姿は、千年の時を超えて語り継がれる、美しくも悲しい「伝説」となった。






