料理を食べ始めると、
「美味しいー!」
理紗子は嬉しそうに唸る。
その顔は、先ほどまでの健吾を怪しんでいる時の表情とは全く違う。
「いつもカフェで仕事をしているの?」
「いえ、仕事はほとんど自宅ですね。カフェに朝食を食べに行った時はそのまま二時間ほど仕事をして帰りますが。私、品川に
越して来たばかりなので、あのお店はまだ二度目なんです」
「二度目で酷い目にあっちゃったね。これに懲りずにまた来て下さい」
「はい、これからはちょくちょくお邪魔させていただきます」
理紗子は笑顔で答える。
そんな理紗子を見て、健吾は少しホッとしているようだった。
すると今度は理紗子が健吾に質問をした。
「佐倉さんは本業が投資家なのですか? 投資家のお仕事って…具体的には?」
「自宅で為替のトレードをやっています。為替って言うのはドルとか円とかユーロとかね。色々な通貨を売買してその差額で利
益を出す感じ。わかるかな?」
「為替ですか? 投資っていうからてっきり株やなんとかコインとか? そういうのかと思っていました」
「昔は株もやっていたけれど、今は会社を経営しているのでやめたんだ。ほら、今ってインサイダー云々とか色々とか色々面倒
臭いだろう?」
「そうなんですね。私、そっち方面は全然わからなくて…。あっ、だからカフェでスマホを三台も出していたのですね」
「そう。以前はパソコンを持ち歩いていたけれど、今はほとんどスマホで間に合っちゃうからね」
「それにしても三台って凄い」
「ハハハ、投資仲間は皆複数持っているよ。五台持っている奴もいるからね」
「えーすごい! トレードってグラフみたいなのを見ながらやるんですよね? なんか難しそう」
「取引の操作自体は難しくはないけれど、相場の動きを読むのは難しいよね」
「前に勤めていた会社で株をやっていた人がいましたが、結構損をしたみたいで。ハイリスクハイリターンっていうんでしたっけ? 上手くいけば儲かるけれど、失敗すると大損みたいな? そんなのをずっとやっていたら神経すり減りません?」
「今は慣れたけれど若い頃は結構ヤバかったよ。相場はニューヨークタイムに大きく動くから夜中に起きていると昼夜逆転みた
いになっちゃってさ。それで睡眠障害が起きたりするからね」
「それは大変ですね。でも少し分かる気がします。フリーで仕事をしていると、心と身体の自己管理が難しいですよね」
気付くと、二人は店に入ってからずっと会話が盛り上がっていた。
理紗子はワインのほろ酔い気分も手伝ってか、初対面の健吾に対し思いのほかリラックスして会話していた。
そして健吾もそんな理紗子との会話を心から楽しんでいる。
女性とリラックスして対等に会話をするのはいつ以来だろうか?
健吾は記憶を遡ってみたが、そんな場面は思い出せなかった。
二人とも自由な環境でフリーランスとして仕事をしている。
そんな似通った境遇が、二人の間に同志のような仲間意識を植え付けているのかもしれない。
理紗子という女性は、思っていた以上に気さくでとても話しやすい。
小説家として自分の足でしっかり立っている彼女は、自分の仕事に誇りを持って仕事に取り組んでいるようだ。
健吾は今までそんな女性に出会った事がなかった。
健吾に近寄って来る女性のほとんどが、健吾の心や金に執着し独占しようと躍起になる。
しかし今目の前の理紗子からはそんな様子は全く感じられなかった。
健吾はもっと彼女の事が知りたい、もっと彼女と色々話してみたい…そう思った。
そして話題が理紗子の小説の事になると、健吾が聞いた。
「君の書く恋愛小説って実体験を元にしているの?」
「いえいえ、実体験をモデルにしたら悲惨な恋愛小説になっちゃいますから、それはないですね」
「悲惨って? 過去の恋愛はそんなに最悪だったの?」
「はい、最悪でした」
理紗子は苦笑いをしながら言ったので健吾は気になる。
「最悪って例えば?」
「それを聞いちゃいます?」
「うん、是非知りたいなぁ」
「…まあ、いわゆるお金貸して系とか、二股系とか…ですね」
「…….それって最近の事?」
「お金系は大学時代につき合っていた人で、二股系は二年前に別れた人です」
理紗子はそう答えながら、健吾がなぜこんな事に興味を持つのか不思議だった。
彼は裕福だしイケメンでモテそうだから、こういった悲惨な恋愛とは無縁だろう。
いや、だからこそ逆に興味が湧くのだろうか?
「私ってどうも男運が悪いみたいです」
理紗子はそう言って淋しそうに笑った。
健吾は二年前に二股が原因で別れた恋人というのがひっかかっていた。
二年前と言えば、泣いている理紗子を見た時期だ。
あの涙はその男によるものだったのだろうか?
あの頃の理紗子は、二股をかけらるほどひどい女ではなかったはずだ。
むしろ逆に連れて歩きたいくらいのイイ女に見えた。
(振った男は一体どういう感覚をしているんだ?)
健吾は見えない相手に対して怒りが湧いて来る。
しかしそれをグッとこらえると、平静を装いながら理紗子に聞いた。
「じゃあ小説を書く時は、ほとんど想像力?」
「そうです。あとは恋愛映画を観たり、海外のラブロマンス小説を参考にしたりとか? あ、この事は妹さんには内緒にしてお
いて下さいね。あまりにも夢のない裏事情は知られたくないですから」
理紗子は笑いながら言った。
「うん、言わないよ。でも、想像力だけだと限界が来ない?」
「来ますねぇ。最近それでちょっと行き詰まっています。特に男女二人のシーンを書く時とか。なんか全て出尽くしてしまいワ
ンパターンになりがちっていうか…」
「だったら自分で新しい恋をしてみたらいいんじゃない?」
「いえいえ、それは無理ですね。今恋愛はお腹いっぱいですから。それにまた同じように振られ方をしたら今度は精神的に立ち
直れない気がします。歳が歳だけに…」
「そう言えば君はいくつ?」
「29です。佐倉さんは?」
「俺は38だ」
「歳よりお若く見えますねー」
「そう? いずれにせよ、歳なんか気にせずに素敵な恋をすればいいのに」
「いえ、もう恋愛は懲り懲りです。私恋愛をするとついつい相手に合わせちゃったり色々振り回されたりして…….楽しいのは
付き合い始めた最初の頃だけで、その期間が過ぎると心が乱れてなんか疲れちゃうんですよね。そうなると仕事に支障もきたし
ますし。そういう佐倉さんこそ恋愛は? 佐倉さんは全てを持っていらっしゃるから、きっと素敵な女性達が放っておかないの
では?」
「いや、実は俺も今フリーなんだ。君と一緒で今は仕事に集中したい感じかな」
「へぇ、意外! 素敵な恋人がいらっしゃるとばかり思っていました」
「俺も若い頃はいっぱい遊んだけれど、この歳になるとそういう事ももういいかなって。とにかく今興味があるのはやっぱり仕
事なんだよね」
健吾は自分の考えを述べた後、ふと何かを考えこんでいる表情になる。
コメント
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🍷のお陰で健吾とフランクに話せてる理沙ちゃんが楽しそうなのがとてもかわいい✨健吾も女性と対等に話せててお互い仕事が全てと言いながら理沙ちゃんが仕事の悩みを打ち明けた時点で賢い健吾は自分を絡めて策を打ち出しそう🤗