その時理紗子は、先程運ばれて来たデザートの盛り合わせを見て嬉しそうだ。
デザートはラズベリーのタルトで、タルトの横にはバニラアイスとフルーツが添えられている。
その盛り付け方がとても美しかったので、理紗子はスマホを取り出し健吾に言った。
「デザートを写真に撮ってもいいですか?」
「もちろん」
健吾の許可が貰えたので、理紗子は早速スマホでデザートを撮る。
きっとこの写真もSNSのつぶやきサイトにアップするのだろう…健吾はそう思った。
写真を撮り終えた理紗子は、今度は幸せそうな表情でデザートを食べ始める。
その無邪気な笑顔を見ていた健吾は、その瞬間ある事を決意した。
そして突然理紗子に言った。
「あのさ、俺の恋人になってくれないか?」
美味しそうにタルトを頬張っていた理紗子の顔が、
急にびっくりした表情になった。
「え? 今なんて?」
「あっ、いや、その恋人って言っても、本物の恋人じゃなくて、なんていうのかな? 偽装? 恋人のふり? そんな感じなん
だけれど…….」
理紗子の顔は更に驚きの表情になる。
「恋人の…ふり?」
「うん、そう。つまり仮の恋人っていうのかな? 君は今すぐ恋愛する気はないんだろう? だったら僕と仮の恋人になる事で
疑似恋愛を体験できる。俺と偽装の恋人になれば、君には小説に書きたくなるような理想のデートや様々な体験を無償で僕から
提供するよ。つまりデートにかかる費用は全部僕が持つって事だ。どう? その体験は小説のネタにもなるし、君にとってはか
なり魅力的な話だとは思わないかい?」
「………….」
「あれ? フリーズしちゃったかな?」
思考停止で頭が真っ白になっていた理紗子は急にハッとして我に返ると、慌てて言った。
「あっ、いえ、いきなりそんな事を言われたのでびっくりしてしまって。でもそれって私には利点があるけれど、佐倉さんには
プラスになるような事は何もないじゃないですか。それなのにどうして?」
「実は俺も君に助けてもらいたいんだよ。時々投資家が集まるパーティーへ出席するんだけれど、一人で出席すると色々と面倒
で…….」
「面倒? 何が面倒なのですか?」
「いや、パーティーには出席したいんだ。なぜかと言うと、そこでは投資に必要な有益な情報を得られるからね。でも俺が一人
で出席すると必ず女性達に囲まれてしまうんだ。囲まれるだけならまだしも、時には女性同士の争いが勃発したりして色々面倒
なんだよ」
健吾はそう言った後、ハァーッとため息をつく。
「つまりそれって、モテモテの佐倉さんの事を女性達が取り合うみたいな図式ですか?」
「まあ率直に言えばそうだな。俺はただ情報が欲しくて参加しているだけなのに、結局最後はそんな感じで巻き込まれる。そこ
へ君を連れて行って決まった人がいると宣言すれば女達も近寄れないだろう? そうすれば本来の情報収集の目的を達成できる
んだ」
「うわっ! なんか小説のネタになりそうなシチュエーションですね」
理紗子は目をキラキラさせて言った。
健吾の提案に少し興味を持ったようだ。
「冗談じゃなく本当に困ってるんだ。俺は女性関係のトラブルにはもううんざりなんだよ。だから助けてくれないか?」
「つまり佐倉さんは私と付き合うふりをすることによって女性達を撃退したい…簡単に言えばそういう事ですよね?」
「うん、そういう事です」
「モテ過ぎる人って言うのも、色々と大変なんですねー」
「…….」
「え? でもそれだったら私じゃなくても、佐倉さんの女友達にでも頼めばいいじゃないですか!」
「そんな女性がいるならとっくに頼んでいるよ。俺の女友達はほとんどが投資家だからサバサバし過ぎて男みたいなんだ。だか
らこんな事を頼んでも時間の無駄だと鼻で笑われるのは目に見えている。だから頼めるのは君しかいないんだ」
そこで理紗子は少し考え込む。
それから健吾に聞いた。
「あの、いくつか質問をしてもいいですか?」
「もちろん」
「偽装恋愛? 疑似恋愛? な訳ですから、もちろん本物の恋人同士のようなスキンシップとかはなしでっていう事でOK?」
「もちろん。あってもパーティーで腕を組んだりとか手を繋いだりとかその程度だ」
「わかりました。あともう一つ確認なのですが、頻繁に呼び出されるとかはありますか? あなたの偽装恋人になる事で今まで
の私のマイペースな生活が乱されるとかはないですよね? 私、物書きなのである程度一人の時間がないと駄目なんですよ。そ
れにやっぱり仕事にも集中したいですし」
「その点は心配ない。パーティーには付き合ってもらうけれど、それ以外は自由だ。もし君が体験したい事があれば、言っても
らえればなるべく君の都合に合わせるようにするよ。ただ俺も相場をやっている以上、どうしても外せない時がある。その時は
俺もそっちに集中させてもらいます。とにかくお互い無理せず程よい距離間を保ってっていうのはどうかな?」
健吾の説明を聞いた理紗子は納得した様子だった。
「えっと、このお返事、少し考えてからでもいいですか? あまりにも急なので。数日中にはお返事しますので」
「もちろん。ただし良い返事が聞ける事を願っているよ」
健吾はそう言って笑った。
ランチを終えた二人は、健吾が拾ったタクシーで一緒に帰る事にした。
タクシーが理紗子のマンションの前に到着すると、健吾も理紗子と一緒にタクシーを降りたので、
理紗子がびっくりする。
「え?」
「俺の家はあそこなんだ」
健吾は理紗子のマンションから200メートル程離れたタワマンを指差した。
「あの高級タワマンでしたか! 意外とご近所さんだったのですね!」
「君はこのマンション?」
「はい。清水の舞台から飛び降りたつもりで買っちゃいました。かなり古い中古ですけれどね」
理紗子が思わず苦笑いをする。
「不動産を見る目はなかなかいいと思うよ。このシリーズのマンションは人気だし駅からも近いし、これならもし住まなくなっ
ても充分賃貸で貸し出せる物件だ」
「あ、確か佐倉さんは不動産にも詳しかったんですよね? プロにそう言ってもらえたら安心です」
理紗子はにっこり嬉しそうに笑う。
「今日は色々プレゼントしていただきありがとうございました。お食事もとても美味しかったです」
理紗子は今日の礼を健吾に言った。
「こちらこそ、長い時間引き止めて悪かったね。じゃあまた!」
健吾はそう言って手を挙げるとタワマンの方へ歩き始めた。
理紗子はしばらく健吾の後ろ姿を見送ってからマンションの中へ入って行った。
コメント
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健吾は本当に偽装で良かったの⁉️😁理沙ちゃんを上手く言葉で丸め込んでこれから距離を詰めてく作戦かな🤭⁉️