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ダイキュウワ:ドラマ制作の裏側 ― 安心の脚本
朝、薄曇りの撮影スタジオ。
壁一面には「協賛放送局」のロゴ、緑色の照明が柔らかく光を落としている。
メインカメラの横には「安心放送指導官立会中」と書かれた札。
その下で、脚本家の**サエ(33)**が、灰色のカーディガンを羽織りながら台本を抱えて立っていた。
「……このセリフ、“選ぶ自由がほしい”って、消されました」
彼女が小声で言うと、隣の監修担当が無表情で頷く。
「統制外語に近い。『自由』は『安心』に置き換えてください」
サエはため息をつき、ペンで修正した。
――“選ぶ安心がほしい”。
そう直した瞬間、モニターの上の赤いランプが点滅し、AI校閲の音声が響いた。
「確認完了。発言リスク:低。放送可能。」
撮影が始まる。
主演俳優の**リュウセイ(28)**は、水色のシャツに濃いグレーのパンツを履き、笑顔を作る練習をしていた。
鏡越しに、自分の表情を解析する「感情同期モニター」が映る。
「もう少し“安心率”を上げましょう。笑顔を2%増やして。」
メイク係がそう指示すると、リュウセイは頬の筋肉をわずかに上げ、完璧な“国民的安心スマイル”を作った。
カメラの奥には、ネット軍(ニンジャ)の声影隊が控えている。
黒灰の軽装スーツ、胸には翡翠色の通信バッジ。
マイクに手をかざすと、リアルタイムで台詞の抑揚と語尾が「安心音声」に変換される。
監督が手を上げる。
「シーン23、テイク3――“安心、始まる朝”!」
リュウセイと共演の**ミナ(24)**が、ベージュのワンピースで明るく振り向く。
「あなたがいるだけで、安心できるの!」
セリフの語尾には、AI音声によるわずかなハーモニーが重なっていた。
撮影の合間。
サエは控室で緑茶を飲みながら、自分の台本を見返した。
「これ……ドラマじゃなくて、宣伝だよね」
小さく呟いた瞬間、ヤマホ端末が振動した。
画面には「言語安定システム:発言検知・警告レベルE」と表示。
「……安心です、安心です」
サエは反射的にそう呟き、息を整えた。
すぐに端末の表示が「安定」に戻る。
放送当日。
街のスクリーンには、新ドラマ『協賛ハート物語』のタイトルが流れていた。
水色の空、笑顔の恋人たち。
主題歌は「協賛ありがとう」で始まり、「アンズイ〜安心」で終わる。
市民たちはその映像を見て微笑み、コメントを投稿する。
「泣けた!」「安心した!」「未来がある!」
夜、放送局の屋上。
サエは風に髪を揺らしながら、遠くの街の灯を見つめていた。
リュウセイが隣に来て、柔らかく笑う。
「……いいドラマになったよ。みんな、安心して泣いてた」
サエはかすかに笑い返す。
「うん、安心して泣ける――それがいちばん正しい、ってことだね」
彼女の手の中で、台本の最後のページが風に揺れた。
そこには印字されていた。
《脚本提供:中央通信統制庁・安心表現課》
緑のライトが遠くでまた点灯し、街全体を淡く照らした。
その光は、安心を祝福するように、静かに夜を染めていった。