そしていよいよ岳大のパーティーはいよいよ北穂高アタックを開始した。
新穂高で大和翔真と再会した岳大は笑顔で挨拶を交わした。
翔真はこの日の為にきちんと決められたトレーニングをこなしていたようで以前会った時よりも体格がかなりがっちりとしていた。
岳大はサポートに入ってくれるベテランの小野やカメラマンの坂本を翔真に引き合わせた。
翔真は小野と坂本が小学生の頃に見たK2アタック番組のメンバーだと知り悦びの声を上げる。
メンバーは初日にはもう既に意気投合し良い雰囲気のままアタックを開始した。
岳大を送って行った井上が事務所に戻るとちょうど昼時で優羽がオムライスを用意していた。
「うっひょーオムライス」
井上は喜びの声を上げて早速オムライスを食べ始める。
そして食べながら現地の様子を優羽に報告してくれた。
「翔真君なんて今日の為に身体を鍛えたんだろうなー、すごくマッチョになっていて驚きましたよ。天候もばっちりみたいだしパーティーにはベテランスタッフも多いからきっと心配ないですよ」
井上は優羽を安心させるように言った。それを聞いて優羽は少しホッとした。
「とにかく佐伯さんがいない間は俺達でしっかり新店舗の準備頑張りましょうね」
「はい。私達でしっかり留守を守りましょう」
優羽は左手で小さくガッツポーズをする。
その時井上が優羽の左手の指輪に気づいた。
「おっ、その指輪はもしかして佐伯さんからですか?」
「あ、はい。今日いただきました」
優羽は少し恥ずかしそうに答える。
「それだったんだー、いや、先日急に松本に出かけて行ったんで」
「松本まで?」
「はい。佐伯さんは本当に優羽さんの事を大切に思っていますね」
井上の言葉に優羽は少し恥ずかしそうに、
「はい」
と言って頷いた。
その日の仕事を終えると優羽は井上よりも先に事務所を出た。
そして流星を迎えに行くと大型ショッピングセンターへ寄った。
今日は久しぶりにレストランで夕食を食べて帰るつもりだった。食事の前に少し買い物もしたい。
ショッピングセンターに着くと先に必用な物の買い物を済ませる。
そしてレストランへ行こうとすると流星が遊戯コーナーで遊びたいというので少し遊ばせる事にした。
優羽は脇にあるベンチに座り他の子供達と楽しそうに遊ぶ流星を見ていたが退屈だったので先程本屋で買った文庫本を取り出し読み始める。
優羽が読書に夢中になっていると隣に人の気配がしたが、きっと他の子供の親だろうと思い優羽はそのまま読書を続ける。
すると突然声が響いた。
「優羽、久しぶりだね」
優羽がびっくりして顔を上げるとそこには西村がいた。
優羽は気が動転して言葉が出ない。
「!」
「元気そうだね」
優羽はまだ頭が真っ白になっていた。
ここにいるはずのない西村がいきなり現れたから驚くのも当然だ。
「どうして? なぜここにいるの?」
「優羽と話しがしたかったからだよ」
西村はそう言うとアスレチックで遊んでいる流星をじっと見つめていた。
西村は少しやせて顔もやつれていた。
そこには優羽と付き合っていた頃の生き生きとした西村の姿はなかった。
不倫報道以降姿をくらませていたはずの西村が今隣にいる事が優羽には信じられなかった。
何も言えないままの優羽に向かって再び西村が口を開いた。
「あの子は俺の子なんだろう?」
その言葉を聞いた途端優羽はハッとする。そして低く力強い声で答える。
「あの子は私の子です」
優羽は毅然とした態度できっぱりと言った。
その態度は子供を守ろうとする母の力強さを表していた。
「強くなったね。昔の君はもっと儚げだったのに」
「あの子が私を強くしてくれたんです」
優羽は自信に満ちた態度でそう言った。その表情は晴れ晴れとしている。
そして今度は優羽が西村に聞いた。
「西村さんは? 奥様とお嬢さんはお元気ですか?」
「あんな事があったからね、今は別居中だ」
西村の言葉に優羽はフーッと息を吐く。そしてこう言った。
「ご家族を裏切る行為をしたんですもの当然ですよね。でもこれ以上不幸な人を増やさないで! ちゃんと謝って迎えに行ってあげてください! ちゃんと罪を償って!」
西村は何も答えない。
「あなたはあの時私と流星を捨てて奥様とお嬢さんを選んだのでしょう? だったら最後までご家族を大事にしてあげて下さい。私と流星の為にも」
優羽が強い口調で言うと西村は突然泣き始めた。
西村は嗚咽を漏らしながら肩を震わせて泣いている。優羽はただ西村が泣き続けるのを見ているしかなかった。
すると西村が泣きながら言った。
「俺はあの時の事を悔いている。今さら謝って済む事じゃないけれど君を傷つけて本当に申し訳なかったと思っている」
西村はそう告げると再び嗚咽を漏らす。そんな西村の弱った姿を見て優羽は切なくなる。
本当は許したくない相手だった。あの時自分はこの男のせいで地獄へ叩きつけられたのだ。
だから決して許す事の出来ない相手なのに目の前で泣いている西村を見るともうそんな事はどうでもいいような気がしてきた。
「過去の事はもう忘れましょう」
優羽は西村に向かって優しく言った。
「許してくれるのかい?」
「許すも何ももう全ては過去の事だわ。これからはお互いに未来だけを見ていきましょう」
優羽の言葉を聞いて西村はまた泣き始める。
そんな西村に優羽がハンカチを差し出すと西村はそれを震える手で握りしめ涙を拭った。
そこへ流星が走って来た。
「おじちゃん、なんでないているの?」
「うん、なんかね、目にゴミが入っちゃったみたい」
焦った優羽が慌てて答えると流星は心配そうに西村を覗き込んで言った。
「だいじょうぶ? それはいたくてかわいそうだね。めにごみがはいったときはめぐすりをさすといいんだよ」
流星の言葉を聞いた西村はさらに激しく泣き続ける。すると流星は西村の背中を小さな手でトントンと叩き始めた。
「だいじょうぶだいじょうぶ。すぐによくなるからね」
流星が西村に声をかけていると滑り台の方から流星を呼ぶ声が聞こえた。
「りゅうせいくん、こっちにきてー」
「うん、いまいく! じゃあおじちゃんおだいじにね」
流星は西村にニッコリ微笑むと友達の所へ戻って行った。
そんな流星の後ろ姿を見つめていた西村はぽつりと言った。
「優しい子に育ててくれたんだね。ありがとう」
西村は涙を拭うと真っ赤な目のまま優羽にハンカチを返す。
「ええ、あの子はとっても優しい子よ。だから私達の事はもう心配しないで」
そして優羽は更に続けた。
「私はもう何も気にしていないわ、だからもう自分を責めないで。これからはご家族の為に精一杯尽くしてあげて下さい。今日は会いに来てくれてありがとう」
優羽は力強い眼差しで西村を見つめるとベンチから立ち上がって流星を呼んだ。
そして流星が戻って来ると流星の手を握りその場を後にした。
母親に手を引かれて歩き出した流星は西村を振り返ると、
「おじちゃんバイバイ」
と言ってニコニコしながら手を振る。
その時西村は急に立ち上がり優羽に向かって叫んだ。
「優羽! 今、君は幸せかい?」
優羽はすぐに振り返ると笑顔で言った。
「ええ、私、今とっても幸せよ」
優羽は西村に向かってお辞儀をすると流星の手を引いて真っ直ぐに歩いて行った。
そんな二人の後ろ姿に向かい西村は深く一礼をした。
コメント
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愛してたんだね、ずっと でも何もかも捨てて彼女と子供の所へ行く事はできなかった。 決して悪い人間ではないと、最後の深い一礼と「今、君は幸せか?」そうで思えた。 そして普通ならあり得ないであろう自分の息子が触れてくれて話せたのだから、覚悟を決めて家族と向き合い、2人の為にも償い穏やかに暮らしていって欲しい。 ちょっと、うるうるしてしまった…。