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飛行機が離陸する際、大輔は一度作業を中断し窓の方へ目を向けた。

そして外の景色を眺めようとした時、窓際に座る瑠璃子の頬に涙が伝うのが見えた。瑠璃子はすぐに涙を手で拭うとじっと窓の外を見つめ続ける。

大輔は静かに視線を戻すと再びパソコンでの作業を続けた。


離陸から一時間程経過した頃大輔はトイレに行こうと席を立つ。大輔がいなくなってすぐに前方から男性のうめき声が聞こえてきた。呻き声と共にドサッと人が倒れるような物音も響く。その瞬間乗客からは「キャーッ」という声が上がった。

傍にいた客室乗務員が慌てて駆けつけると男性が椅子から落ちて倒れていた。

途端に機内がざわざわと騒がしくなる。そこで客室乗務員が声を張り上げた。


「お客様の中に医療関係の方はいらっしゃいませんか?」


引越しの疲れでうとうとしていた瑠璃子はその声でハッと目覚める。一瞬何が起きているのかわからなかったが急病人がいるようだと周りの乗客が話しているのを聞きすぐに手を挙げた。


「看護師です、今行きます」


瑠璃子はすぐにシートベルトを外して前の座席へ向かった。瑠璃子が駆けつけると客室乗務員の一人が慌てて説明した。


「突然倒れたようです、お願いします」


瑠璃子は頷くと倒れている男性の状態をチェックする。

60歳前後の小太りの男性は仰向けに倒れたまま手で左胸を押さえ苦しそうに呻いている。しかし突然呻き声がやみ静かになった。瑠璃子はすぐに呼吸と脈を確認する。


(息をしていないわ)


瑠璃子は心の中で、


(落ち着け瑠璃子!)


そう自分に言い聞かせると客室乗務員に頭の下に毛布を敷くよう指示した。

そして男性に心臓マッサージを始める。

マッサージをしながらAEDがあれば持ってきて下さいと乗務員に伝えた。


その時、


「どうしましたか?」


と声がしたのでマッサージをしながら瑠璃子が顔を上げると、そこには先ほどカフェでぶつかった男性がいた。大輔だ。


「胸痛で倒れた後、意識がなくなり心停止です」


瑠璃子の説明を聞いた大輔はすぐに上着を脱いでから言った。


「代わりましょう」


そして瑠璃子に代わり心臓マッサージを続ける。

そこへ客室乗務員がAEDを持ってきたので瑠璃子はすぐにケースを開けて準備を始めた。

それに気付いた大輔が男性のワイシャツのボタンを素早く外し下着をたくし上げてから瑠璃子が用意したAEDを装着した。


「離れて」


大輔はそう言ってからスイッチを押した。

心臓に衝撃が加わると男性はすぐに息を吹き返した。それを見ていた周りの乗客達からは一斉に拍手が沸き起こる。

瑠璃子はホッとしてその場にへたり込んだ。


大輔は男性の状態を確認した後客室乗務員に聞いた。


「着陸まであとどのくらいですか?」

「15分です」

「空港に救急車を待機させておいて下さい。私は医師なので付き添います」

「わかりました」


それから大輔は瑠璃子の方を向いて言った。


「あとは僕が付き添うので大丈夫ですよ。ありがとう」

「わかりました、お願いします」


瑠璃子は大輔に会釈をしてからその場を離れた。

座席へ戻る途中乗客達からは瑠璃子に対して盛大な拍手が送られる。瑠璃子は恥ずかしさのあまり頬を染めながら自分の席へ戻った。


その後まもなく飛行機は新千歳空港へ着陸した。

倒れた男性は空港で待機していた救急隊員により担架に乗せられ運ばれて行った。担架の後には大輔が続く。

その後瑠璃子は他の乗客たちと一緒に飛行機を降りた。


瑠璃子は東京の病院で救命救急にいた経験もあるので急患には慣れていた。

しかし急変に対応するのは久しぶりだったのと病院外での出来事だったので心臓がドキドキしていた。

自分一人では助けられる自信はなかった、そう思うとあの男性医師がいてくれて良かったと心から思う。


空港内へ移動した瑠璃子はすぐに列車に乗って札幌へ向かう気にもなれず、一旦空港内のカフェに入り落ち着こうと思った。

カフェに入りコーヒーとアップルパイを注文すると落ち着くまでしばらくそこで過ごす。

カフェで落ち着きを取り戻した瑠璃子はその後列車に乗って札幌へ向かった。札幌からは函館本線へ乗り換え岩見沢を目指す。

瑠璃子が岩見沢駅へ到着した時は既に日が暮れていた。


瑠璃子は小学校4年の夏以来、かなり久しぶりに岩見沢駅に降り立った。

高校3年の時に祖母の葬儀で岩見沢を訪れた際は、札幌に住む親戚が札幌駅まで迎えに来てくれたので岩見沢駅には立ち寄らなかった。

駅舎が建て替わってから来るのは今日が始めてだ。


瑠璃子は昔から建築物に興味があり特に有名建築家が造った洗練された建物を見るのが好きだった。だから20代前半の頃には一人旅をしながら有名な建築物を見て回った事もある。

だから今日も岩見沢駅の駅舎を見るのをとても楽しみにしていた。


重いキャリーバッグを引きずりながら瑠璃子は駅構内を興味深く見て歩く。

駅舎内には昔ながらの赤レンガがふんだんに使われちょっとしたアクセントにもなっていた。ガラス張りの窓枠にはネットで見た説明通り本当に古いレールが使われていた。瑠璃子はその珍しい窓枠を携帯のカメラで撮影する。


その時瑠璃子の傍を大輔が通りかかった。大輔は瑠璃子と同じ列車に乗っていたようだ。

駅舎を撮影している瑠璃子に気付いた大輔は足を止めてしばらく瑠璃子を見つめていた。その時大輔は何かを考えている様子だった。

そんな大輔には全く気付かずに瑠璃子は駅舎の天井を撮り始めていた。何枚か撮影すると満足したのか瑠璃子は漸くキャリーバックを引きずりながら駅舎の出口へ向かった。

瑠璃子は住む部屋が決まるまでホテル暮らしの予定なのでそのまま真っ直ぐホテルを目指す。


駅舎を出た瑠璃子が大通り沿いを歩いていると突然車道側から声が響いた。


「送りましょうか?」


びっくりした瑠璃子が振り返るとそこには大輔がいた。大輔はシルバーメタリックのSUV車の窓を開けて瑠璃子に声をかけていた。


「あっ!」


瑠璃子はびっくりして思わず叫ぶ。

大輔は瑠璃子が手にしている重そうなキャリーバッグを見ながら聞いた。


「行き先はホテル? 五条のホテルかな?」

「そうです」

「通り道だから送りますよ」


大輔はハザードランプをつけてから車を脇に停めると運転席から降りて来た。

そして瑠璃子の大きなキャリーバッグを後部座席に積み込んだ後助手席のドアを開け瑠璃子に乗るよう促した。


「すみません、ありがとうございます」


瑠璃子は恐縮しながら助手席に座る。


ドアを閉めた大輔は運転席へ戻るとすぐに車を発進させた。そして瑠璃子に言った。


「飛行機の男性助かりましたよ。君の初期対応が良かったみたいだね」

「本当ですか? 良かったー」


瑠璃子は心からホッとした。


「君は看護師なんだね」

「はい。来月から岩見沢市内の病院で働く予定です」


そこで瑠璃子は自己紹介をしていない事に気付く。


「あ、私村瀬と申します」


大輔は瑠璃子の苗字を聞いた瞬間また何かを考えているようだったがすぐに自分の自己紹介を始める。


「岸本です。僕も岩見沢で医師をしています」

「内科のお医者様ですか?」

「いえ、心臓外科です」

「あ、じゃあ先ほどの患者さんは運が良かったですね」

「はい、専門でしたからね」


そこで二人はフフッと笑う。その時車がホテル前に着いた。


「ありがとうございました」


瑠璃子は礼を言ってから車を降りた。

大輔も続いて降りるとキャリーバッグを後部座席から出してくれた。


「同業者ならまたどこかで会えるかもしれませんね、それでは」

「本当にありがとうございました」


瑠璃子が再度お礼を言った後、大輔の乗った車はその場を後にした。

ラベンダーの丘で逢いましょう

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