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コメント
1件
いやあ、よかったですね……。ジントが「ただいま」って言えて、マーサおばあちゃんが涙しながら「よく帰ってきたねぇ」って迎えるところ、もう胸がいっぱいになりました。あと、「ちゃんと愛されてたって」って言葉のところ、本当にじんときましたね。ジントが自分のルーツを受け入れた上で、それでも「ラディスで育った自分でもある」って言えるようになったのが、すごく成長を感じさせて。仲間たちの賑やかな掛け合いも心地よくて、読後感が温かい話でした。comiさん、お疲れさまです!
第十二章 ラディスへの帰還
第四話 変わらぬ場所 後編
祖母はしばらくジントを抱き締めたまま動かなかった。
本当にそこにいるのかを確かめるように、優しく、でもしっかりと腕に力を込める。
やがて名残惜しそうにそっと身体を離すと、皺の刻まれた手でジントの頬を優しく包み込み、顔を見上げた。
「……本当に、ジントなんだねぇ……」
震える声。
「こんなに、大きくなって……」
二年前、ジントがこの街を出ていった日のことをマーサは昨日のことのように覚えている。
まだ少年の面影を残した背中。
何も言えず、ただ不安そうに揺れていた黒い瞳。
自分でも理解できない力に怯えながら、それでも誰かを傷付けることを恐れていた子。
ダイチとともに街を出たあの日以来、もう二度と帰って来ないのではないかと、何度も思った。
けれど今、目の前にいる。
あの頃より少し伸びた背丈。
幼さの抜けた顔立ち。
そして何より、黒い瞳の奥には、以前にはなかった強い光が宿っていた。
マーサは目を細める。
「……よく帰ってきたねぇ……」
その声は、本当に嬉しそうだった。
ジントは少し照れたように笑う。
「うん……ただいま」
そしてマーサはその後ろに立つダイチへ気付いた。
「あらまぁ!ダイチ坊っちゃんも!」
マーサの顔がさらに柔らかくなる。
「本当に逞しくなったこと……」
「へへっ、ジントのばあちゃん元気やった?」
ダイチが昔と変わらない調子で笑う。
「おかげさまでねぇ」
祖母は優しく頷いた。
その時、祖母の視線がさらに後ろの3人へ向く。
「まあまあ!」
ぱっと顔をほころばせた。
「こんなに素敵なお友達もできたんだねぇ!」
ハヤトが丁寧に一礼する。
「初めまして。ハヤトと申します」
「ジュウタロウです」
「シュンタです〜!」
3人が順番に挨拶すると、祖母は嬉しそうに何度も頷いた。
「みんな良い子そうだねぇ……」
その言葉に、ジントは少しだけくすぐったそうに目を伏せる。
昔の自分なら、こんな風に誰かを紹介する日が来るなんて思わなかった。
「さあさあ」
祖母は慌てたように店の奥を振り返る。
「狭苦しい所だけど、お入り」
そう言って5人を温かな薬屋の中へ招き入れた。
薬屋の店内は初めて入る3人にとって、とても興味深い空間だった。
壁一面に並ぶ薬瓶。
吊るされた乾燥薬草。
独特な香り。
さらに棚の奥には見たこともない素材まで並んでいる。
「うわぁ……」
シュンタが目を輝かせながら店内を見回した。
「見たことないもんばっかやわぁ!」
「あまり勝手に触るなよ」
ジュウタロウが呆れたように言う。
「分かっとるって〜」
そう返しながらもシュンタの視線はあちこち忙しく動いていた。
「……これは何だ」
ハヤトが棚の一角を見て小さく眉を上げる。
そこには干からびたカエルやトカゲが紐で吊るされている。
「うわっ!」
シュンタが一歩下がった。
「普通にビビるんやけど……」
「薬の材料だよ」
ジントが苦笑する。
「へぇ……」
ジュウタロウも興味深そうに見上げていた。
その横で、ダイチは懐かしそうに店内を見回している。
「ホンマ変わっとらんなぁ」
祖母はそんな5人を奥へ案内した。
店の奥には小さな作業部屋がある。
大きめの木のテーブル。
作りかけの薬。
湯気の立った煮込み途中の鍋。
つい先程まで作業していたのだろう。
本や薬草束もあちこちへ積み上がっていた。
「ばあちゃん、これちょっとどかすね」
ジントは慣れた様子で椅子の上の本や荷物を移動させていく。
さらにテーブルの上も手早く片付け、なんとか5人分の場所を確保した。
「普段は私一人だからねぇ」
祖母が少し申し訳なさそうに笑う。
「色々散らかってて悪いね」
そう言いながら棚から茶葉を取り出した。
「ばあちゃん、手伝うね」
ジントも自然に動き出す。
カップを並べ、湯を準備し、薬缶へ火を掛ける。
その様子を見ながらシュンタが小声で呟いた。
「……確かに“ラディスの魔女”って感じやな」
「前ジントが話してたな」
ハヤトも静かに頷く。
ジュウタロウもどこか納得したように店内を見回していた。
「ばあちゃんのお茶、めっちゃ美味いんよなぁ」
ダイチが楽しそうに笑う。
「昔よく勝手に飲んで怒られてたよね」
ジントがくすりと笑った。
「だってええ匂いすんねんもん!」
しばらくして、温かな湯気を立てるお茶と素朴な焼き菓子がテーブルへ並べられた。
どこか懐かしい甘い香りが広がる。
「いただきます」
5人が一斉に手を伸ばした。
祖母はその様子を穏やかに眺めながら、静かにジントへ視線を向ける。
「……二年の間に、色々なことがあったんだろうねぇ」
優しい声。
「ここにいた頃は、まだまだ子供だったのに」
ジントは少し照れくさそうに笑った。
「……うん」
その横でダイチが懐かしそうに部屋を見回す。
「ここで、よう薬作る手伝いしたなぁ」
「そうだね」
ジントも笑う。
「ダイチが鍋ひっくり返した時は大変だったよね」
「あぁ!! あん時!!」
ダイチが勢いよく立ち上がりかけた。
「めっちゃ焦ったで!? 床中ブワァッて緑色になってん!」
その必死な様子にみんなが吹き出す。
「ダイチは昔からそんな感じなんだな」
ハヤトが肩を震わせながら言う。
「え、オレ今はだいぶしっかりしとるやろ?」
ダイチがジントを見る。
「ダイチは変わんないよ」
「えぇっ!?」
「今も子供みたいやん」
シュンタがからかう。
「確かに食事中に騒ぎすぎだ」
ジュウタロウまで冷静に追撃した。
「えぇ〜!? シュンタもやん!」
「オレはええねん!」
「なんで!?」
賑やかな笑い声が小さな薬屋へ響く。
祖母はそんな5人を見つめながら、嬉しそうに静かに目を細めていた。
しばらく賑やかな笑い声が続いたあと、マーサがふっと穏やかに微笑みながら口を開いた。
「……あんた達の旅の話も、聞かせてくれないかい?」
その言葉に5人は顔を見合わせる。
そしてジントが静かに話し始めた。
ダイチと二人でラディスを出た後、各地を旅して回ったこと。
帝国でハヤト達と出会ったこと。
教会。
魔物の襲撃。
白霧山。
時折ハヤトやダイチが言葉を挟みながら、ジントはゆっくりとこれまでの出来事を語っていった。
マーサは驚き。
微笑み。
時には不安そうに眉を寄せながら。
ただ静かに耳を傾けていた。
そして全てを話し終えたあと、ジントは小さく息を吐いた。
「……ばあちゃん」
穏やかな声。
「オレ、やっと自分が何者なのか……分かったんだ」
その瞬間マーサの目が僅かに見開かれる。
ジントは続けた。
「小さい頃からずっと不思議だった」
黒い瞳が静かに揺れる。
「なんでオレだけ、こんな見た目なのか」
「なんで黒い影が見えるのか」
「なんで、人の気持ちが分かるのか」
店の中が静まり返る。
「それで、地下室で月蝕記を見つけて……」
マーサが小さく息を呑む。
「あの日、魔物の襲撃で力が暴走して……」
ジントは視線を落とした。
あの日の恐怖。
向けられた視線。
自分を見る人々の怯え。
今でも忘れてはいない。
「それで知りたくなったんだ」
「この力は何なのか、オレは何者なのか」
「だからダイチと一緒に、街を出た」
隣でダイチが静かに頷く。
「帝国で魔物の大群が来た時」
ジントはゆっくり息を吐いた。
「オレは……それを受け入れた」
「その時、分かったんだ」
ジントの声が僅かに震える。
「オレは……月蝕の子なんだって」
祖母は静かに目を閉じた。
長い年月。
胸の奥にしまっていた不安。
いつかこの子が自分の出生を知る日が来るのではないかという恐れ。
けれど。
目の前のジントは、もう怯えていなかった。
「でも」
ジントは続ける。
「もう一つ分かったことがある」
マーサが顔を上げる。
「月の一族の里に行ったんだ」
その瞬間、マーサの目が大きく見開かれる。
「……本当に……あったのかい……」
震える声。
ジントは小さく頷いた。
「うん」
「そこで……オレが生まれたって聞いた」
黒い瞳が揺れる。
「ちゃんと……」
一度、言葉が止まる。
「ちゃんと両親がいて……」
喉が震える。
「……ちゃんと、愛されてたって」
マーサの瞳から、静かに涙が零れた。
「……そうかい」
震える声。
「そうかい……」
何度も頷く。
そして
「良かったねぇ……」
その言葉だけだった。
けれど、そこに全てが込められていた。
森の中で見つけた、小さな赤子。
優しく包まれていた身体。
共に置かれていた月の御守り。
あの日からずっと思っていた。
この子は、誰かに愛されていた子なのだと。
「でも……」
ジントが静かに続ける。
「10年前に両親は亡くなっていて……」
「長老が色々教えてくれた」
マーサは黙って聞いている。
そしてジントは、真っ直ぐ前を向いた。
「オレは月の一族の子供でもある」
「それから」
仲間達を見る。
ダイチ。
ハヤト。
ジュウタロウ。
シュンタ。
「ラディスで育った、オレでもある」
優しく笑う。
「だからこれから……」
「仲間達と一緒に、自分の未来を見つけたいんだ」
その言葉を聞いて、マーサは涙を拭いながら微笑んだ。
もうこの子は、過去に答えを探し続けるだけの子ではない。
自分が何者か知った上で、これからどう生きるかを選ぼうとしている。
「……大きくなったねぇ」
小さな声。
「本当に……」
その言葉にジントは少し照れたように笑った。
なかなか涙の止まらないマーサを見ながら、ジントは少し困ったように笑った。
「……ばあちゃん、泣きすぎ」
そう言うジント自身も、黒い瞳をうっすら潤ませている。
マーサは目元を拭いながら笑った。
「年を取るとねぇ、涙脆くなるんだよ」
「いや〜、でも昔のジントのばあちゃん結構怖かったもんなぁ」
ダイチが懐かしそうに笑う。
「俺がふざけて“最強の薬”作ろうとしたら、めっちゃ叱られてん!」
「それ明らかにダイちゃんが悪いやん!」
シュンタが即座に突っ込んだ。
「ほんと、あんたはイタズラ坊主だったねぇ」
マーサも思い出したように笑う。
するとジントが少し膨れっ面になった。
「オレ、ちゃんとダイチに“やめて”って言ってたのに……いつも一緒に叱られてたんだからな!」
「あれはジントも止めきれへんかったから共犯や!」
「無理だよ! ダイチ全然人の話聞かなかったし!」
「容易に想像できるな」
ジュウタロウが小さく微笑む。
ハヤトも穏やかな目で二人を見ていた。
「二人は本当に小さい頃から仲が良いんだな」
「当たり前やろ!」
ダイチが胸を張る。
そして突然、何かを思い出したように目を輝かせた。
「そうや!」
勢いよく立ち上がる。
「この後、俺ん家みんな来るやろ!? 思い出の品とか色々見せたるわ!」
「ダイちゃんって貴族なんやろ?」
シュンタが興味津々で身を乗り出した。
「どんな家なんやろ」
「まぁ楽しみにしといてや!」
ダイチが得意げに笑う。
そんな賑やかな空気を見守りながら、マーサは穏やかに口を開いた。
「さあさあ」
優しい声。
「ソルト家にも早く顔を見せに行っておいで」
ダイチがぱっと顔を向ける。
「坊っちゃんの帰りを、首を長くして待ってるはずだからねぇ」
「……せやな」
ダイチが少し照れ臭そうに笑った。
やがて5人は立ち上がり、店の外へ出る。
柔らかな午後の日差し。
石畳へ長い影が落ちていた。
マーサは店先まで見送りに来てくれる。
そして最後に、もう一度だけジントを優しく抱き締めた。
「……また後で帰っておいで」
温かな声。
ジントは静かに頷く。
「うん」
黒い瞳が柔らかく細められる。
「……行ってきます」
その言葉に、マーサは本当に嬉しそうに微笑んだ。
5人は近くへ繋いでいた馬へ跨る。
「またなー!」
ダイチが大きく手を振った。
「気を付けるんだよぉ」
マーサの声が後ろから聞こえる。
馬がゆっくりと歩き出す。
石畳を進み、賑やかな街並みの向こうへ消えていく5人の背中を、マーサはずっと見つめていた。
姿が見えなくなった後もしばらくその場を動けないまま、嬉しそうに目を細めていた。