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第十二章 ラディスへの帰還
第五話 青空の下の家 前編
5人は街道をゆっくりと馬で進んでいく。
広い石畳の道の両側には様々な店が立ち並び、威勢の良い呼び込みの声や人々の賑やかな話し声が飛び交っていた。
焼き立てのパンの香り。
香辛料の匂い。
行き交う荷馬車。
活気に満ちたラディスの街並みは、二年前と変わらず生き生きとしている。
「初めて来たが……ラディスは意外と大きな街なんだな」
ジュウタロウが周囲を見回しながら呟いた。
「さすが交易都市だな」
ハヤトも感心したように頷く。
シュンタは露店を覗き込みながら目を輝かせていた。
「ほんまや、色んな土地のもん並んどるなぁ」
東方の織物。
西方の保存食。
南海の装飾品。
各地の文化が自然に混ざり合っている。
「この辺はあんま変わっとらんなぁ」
ダイチが懐かしそうに笑った。
「そこのパン屋、よく行ったよね」
ジントも柔らかく目を細める。
「あ〜! あそこのチーズパンめっちゃ好きやった!」
「ダイチいつも買いすぎるんだもん」
「育ち盛りやってん!」
二人の懐かしそうな会話にシュンタがくすりと笑った。
やがて街の中央付近へ近付くにつれ、大きな白い建物が視界へ入る。
高くそびえ立つ塔。
白く荘厳な外壁。
ーーラディス教会。
その前には数人の神官達が立っていた。
「……」
ハヤトが僅かに眉をひそめる。
神官達の視線。
ほんの一瞬だった。
だが、明らかな違和感。
値踏みするような、敵意にも似た視線が確かにこちらへ向けられていた。
ジュウタロウも無言のまま前を見据えている。
ハヤトの胸がざわついた。
だが今は立ち止まる理由もない。
5人はそのまま街道を進んでいく。
しばらくして街の西側へ近付くと、ひときわ大きな屋敷が見えてきた。
白い大きな門。
美しく整えられた庭園。
高い塀に囲まれた壮麗な建物。
「おぉ〜……」
シュンタが思わず声を漏らす。
門前に立っていた護衛兵の一人が、近付いてくるダイチを見た瞬間
「あっ!!」
大きく目を見開いた。
「ダイチ様……!! お戻りになられたんですね!!」
「おう! ポール!」
ダイチが嬉しそうに手を上げる。
「元気しとったか?」
「もちろんです!」
護衛兵、ポールは心底嬉しそうに笑った。
「さあ、どうぞお入りください! 皆様お待ちでございます!」
大きく開かれる門。
その向こうに広がる立派な庭園を見て、シュンタがぽかんと口を開ける。
「……ダイちゃんってホンマに貴族やったんやな……」
「今さら!?」
ダイチが吹き出した。
ハヤトとジュウタロウも感心したように周囲を見回す。
「立派な屋敷だな」
「街の有力貴族というのも納得だ」
ジントはそんな景色を見ながら、懐かしい顔ぶれを思い浮かべていた。
ダイチの家族。
幼い頃、何度も遊びに来た場所。
胸が自然と高鳴る。
5人は馬を降り、厩舎へ預ける。
すると玄関先から一人の初老の男性が歩いてきた。
白髪混じりの髪を綺麗に整え、落ち着いた雰囲気を纏っている。
「レオン!」
ダイチがぱっと表情を明るくした。
執事のレオンは穏やかに頭を下げる。
「ダイチ坊っちゃま、おかえりなさいませ」
そしてその視線がジントへ向く。
「ジント坊っちゃまも、ご立派になられましたね」
「……お久しぶりです」
ジントもぺこりと頭を下げた。
レオンは優しく目を細める。
「さあ、皆様もどうぞ」
恭しく一礼した。
「中へ御案内致します」
5人は広い屋敷の中へ通される。
豪華なシャンデリア。
磨き上げられた床。
広い階段。
シュンタはしきりにきょろきょろしていた。
「うわぁ……」
すると
「ダイチにいちゃん!!」
元気な声が響く。
次の瞬間、二人の子供が勢いよくダイチへ飛び付いた。
「おおっ!」
ダイチが笑いながら二人を受け止める。
「シアンにマリン! 大きくなったなぁ!!」
ぎゅうっと抱き寄せられ、二人が嬉しそうに笑う。
「さっき兄ちゃん見かけたって話聞いて、ホントかなって思ってたんだけど、ホントだった!」
群青色の髪。
サファイアブルーの瞳。
ダイチによく似た男の子が目を輝かせる。
一方、少し明るい青色の髪を揺らした女の子はちょっと拗ねた顔をしていた。
「ダイチ兄ちゃんがいない間、寂しかったんだからね!」
「ごめんな〜」
ダイチが苦笑する。
「長らく家空けてもうたなぁ」
そう言いながら二人を腕の中でぐりぐりと撫で回した。
「やめてぇー!!」
「兄ちゃん苦しいって!」
きゃあきゃあと騒ぐ二人。
そしてその視線がジントへ向く。
「ジント兄ちゃん!!」
「おかえり!!」
今度はジントへ駆け寄った。
ジントの顔が優しく綻ぶ。
「ほんと二人とも大きくなったね」
そっと頭を撫でる。
その様子をハヤト達3人は微笑ましく見守っていた。
そしてシュンタがぽつりと呟く。
「……ええなぁ」
いつもより少し静かな声だった。
その時
「ヒィィィ!!!」
突然階段の上から悲鳴が響いた。
全員が驚いて見上げる。
そこには一人の女性が立っていた。
美しく手入れされた群青色の髪。
華やかなドレスがよく似合う整った顔立ち。
だが今は両手で口元を押さえ、わなわなと震えている。
「ダ、ダイチ……!!」
震える指がハヤトとジュウタロウを指した。
「あんた……なんて方々お連れしてるのよ……!!」
「なんや姉ちゃん、久々に会って第一声がそれかい!」
ダイチが呆れたように言う。
「だ、だって……!」
女性、アズールは顔を真っ赤にした。
「ソレイユ帝国の皇子様と、フィルディアの王子様でしょう!?」
慌てて階段を駆け下りる。
そして貴族令嬢らしく、優雅にスカートを摘み、恭しく頭を下げた。
「は、初めまして……! ソルト家長女、アズールと申します……!」
その様子を見てダイチが思わず吹き出す。
「ぷっ」
ギロッ。
アズールの鋭い視線が飛んだ。
「なによ!!」
「いや、姉ちゃん露骨すぎやろ!」
ハヤトとジュウタロウは苦笑する。
「今はただの旅の仲間みたいなものですから」
「気楽に接していただいて構いません」
「いえっ!そんな……!」
慌てて後ずさるアズール。
しかし
「あの……!お茶会の席で友人に見せてもらった、”美男子肖像画コレクション”でしか拝見したことなかったんですけど……」
「本当に……実際に、この世に存在していらっしゃるなんて……!!」
両手を頬へ当て、瞳をキラキラと輝かせている。
「……美男子……?コレクション……?」
ジュウタロウの眉間に皺が寄る。
「貴族令嬢の間では、変わったものが流行っているんだな……」
ハヤトの笑顔も若干引きつっていた。
その後で
「……あの……一応俺も忘れんといて……?」
シュンタがしょんぼり呟いた。
その瞬間、屋敷中へ笑い声が広がった。
それから一行は大広間へ移動した。
レオンが重厚な扉を静かに開ける。
その先には、ダイチの両親が待っていた。
実業家らしく鋭くも、穏やかな青い瞳をした父親、コバルト。
そして貴族らしい上品さを纏いながらも、明るく快活な雰囲気の母親、レイラはすでに青い瞳を潤ませていた。
ダイチが一歩前へ出る。
「父上、母上」
落ち着いた声。
「只今戻りました」
深く頭を下げる。
その瞬間、レイラが堪えきれないように駆け寄った。
「ダイチ……!」
強く息子を抱き締める。
「無事に帰ってきてくれて嬉しいわ……」
群青色の髪を優しく撫でながら、逞しく成長した息子を見上げた。
コバルトも穏やかに目を細める。
「元気そうで何よりだ」
その声には深い安堵が滲んでいた。
そしてコバルトの視線が後ろに立つジントへ向く。
「ジント君も、よく帰ってきたね」
優しい声だった。
「……大きくなったな」
その一言に、ジントは僅かに目を見開いた。
昔から何度も見てきた人だった。
ダイチの家へ遊びに行った時。
二人で庭を走り回っていた時。
薬屋へ迎えに来てくれた時。
ずっと変わらず、自分を“普通の子供”として見てくれていた人。
ジントは少し驚いたように目を瞬かせ、慌てて頭を下げる。
「……はい」
胸がぎゅっと締め付けられる。
ずっと、どこか後ろめたさがあった。
自分のせいで、ダイチは家族と引き離されたのではないかと。
咎められてもおかしくない。
そう思っていた。
なのに、こうして温かく迎えてくれる。
その優しさが胸に痛いほど沁みた。
それからハヤト達3人も自己紹介をする。
「ハヤトです」
「ジュウタロウと申します」
「シュンタです〜!」
ダイチの両親は、その名前を聞いた瞬間に目を丸くした。
二人の佇まい。
纏う空気。
そして、隠しきれない気品。
貴族として多くの人間を見てきた彼らには、ただの旅人ではないことが分かっていた。
「……えっ」
「ま、まさか……」
「みんなこんな反応になるわよ!」
アズールが呆れたように言う。
「と、とりあえずお掛け下さい!」
レイラが慌てたようにみんなを席へ促した。
しばらくして使用人達がお茶を運んでくる。
少し変わった形のティーカップ。
深い青と金の模様が美しい。
シュンタが目を輝かせた。
「うわ、これ西の国の伝統工芸品やな!」
興味深そうにカップを眺める。
ダイチの母親がぱっと嬉しそうな顔になった。
「まぁ! よくご存知で!」
柔らかく笑う。
「私、西の国の出身なんです。だから今でも色々向こうの物を使わせてもらっていて……」
そう話しながらも、明らかに緊張している。
並々注がれたカップへさらにお茶を継ぎ足そうとしていた。
「お母様、お茶溢れます!!」
アズールが慌てて止める。
「きゃっ、ご、ごめんなさい!」
完全に動揺していた。
一方、テーブルには次々と甘い菓子が並べられていく。
「夕食前なので、軽めではありますが……」
レイラが勧める。
だがその瞬間、シアンとマリンが一斉に菓子へ手を伸ばした。
「やったぁ!」
「これ好き!」
ぱくぱくと食べ始める。
「あなた達、食べ過ぎないようにね?」
レイラにたしなめられる。
「はーい」
シアンが口いっぱいに菓子を頬張りながら返事をした。
その様子を見てハヤトが思わず笑う。
「小さいダイチだな」
「え!?」
ダイチが振り返る。
「俺もっとお上品やったけど!?」
「あら、どの口が言ってるの?」
アズールが即座に返した。
「え、アズールさんめっちゃ言うやん!」
シュンタが吹き出す。
アズールは咳払いをした。
「ふ、普段はもっとおしとやかなんですけどぉ……」
チラリ。
ハヤトとジュウタロウを見る。
そしてまた顔を赤くした。
「分かりやすすぎやろ姉ちゃん」
ダイチが呆れたように言う。
笑い声が広がる。
やがて少し空気が落ち着いた頃。
コバルトが穏やかにダイチを見た。
「……さあ」
優しい声。
「積もる話もあるだろう?色々聞かせてくれないか」
ダイチは頷く。
そして薬屋でマーサへ話したように、5人はここまでの旅を語り始めた。
帝国。
禁書。
白霧山。
月の里。
魔物。
そして、ジントの出生の真実。
話が終わる頃には、シアンが完全に目を輝かせていた。
「すげぇ……!!」
感嘆の声を漏らす。
マリンもきらきらした目で5人を見る。
コバルトは静かに頷いた。
「ジント君も……色々大変だったな」
穏やかな青い瞳が、優しくジントを見つめる。
「でもこうしてここへ戻ってこれて、本当に良かった」
その言葉にジントは少しだけ目を伏せた。
レイラとアズールはハンカチで目元を押さえている。
「ダイチがずっと傍にいてくれたから……」
ジントが静かに言う。
「俺はここまで来れたんです」
ダイチが少し照れ臭そうに笑った。
アズールが鼻をすすりながら言う。
「ちゃんとあんたが役に立って良かったわ」
「なんやそれぇ!」
ダイチが抗議する。
レイラも涙ぐみながら笑った。
「ほんまに……あの時はどうなるか心配やったけど……」
すっかり西の国訛りが混ざっている。
「こんなに素敵なお友達にも恵まれて……良かったなぁ、ダイチ」
ダイチは照れたように頭を掻いた。
そして一旦話が落ち着いたところで、勢いよく立ち上がる。
「せや!」
目を輝かせる。
「俺の部屋に案内するわ!」
コバルトが穏やかに笑う。
「夕食の準備ができるまでゆっくりくつろいで下さい」
和やかな空気の中、賑やかなお茶会はひとまず幕を閉じた。
コメント
1件
いやあ、今回めっちゃ良かったね…! ラディスに帰ってきて、ダイチの家族との再会シーンがもう自然とほっこりする空気でさ。特にアズール姉ちゃんの「美男子肖像画コレクション」発言には笑ったわ(笑) シュンタが「俺も忘れんといて?」って呟いたところも、空気読めてて可愛かったし。ジントが「俺はここまで来れた」って言葉にしたのも、胸にきたなあ。次回も楽しみにしてる🔥