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宙
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宙
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きゆう
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え ー た ん !
5,148
翌朝、シュエルは硝子片を布で三重に包み、城の記録室を訪れた。
もう一度触れれば、昨夜の続きを見られるかもしれない。
そう思わなかったわけではない。
けれど、正体も分からない物へ何度も素手で触れるのは調査ではなく無謀だ。
昨夜の自分は、見つけた勢いのまま触れてしまった。その反省から、今朝はまず記録を探すと決めた。
「硝子に触れたら、景色が変わった?」
机の向こうで、レーネが聞き返した。
城の記録官だという彼女は、明るい茶色の髪をきっちり束ねている。シュエルが説明しているあいだも途中で口を挟まず、最後まで聞いてから必要な点だけを確認した。
「はい。劇場のような場所と、女性の声です」
「言葉は?」
「『三度目なら、城を止めて』」
「……城を」
レーネはすぐに結論を出さなかった。
「その硝子、ここで見せてもらえる?」
「触れないほうがいいと思います」
「分かった。布のままで」
シュエルが机へ置くと、レーネは薄手の手袋を着け、布の端だけを開いた。
銀色の筋を見た瞬間、彼女の眉が動く。
「見覚えがありますか?」
「実物は初めて。でも、古い備品目録で似た図を見たことがあるわ」
レーネは棚の列へ向かった。
記録室には天井まで届く書架が並び、革表紙の帳簿が年代ごとに収められている。彼女は迷わず八年前より少し古い区画へ進み、分厚い目録を三冊抜き出した。
一冊目。
二冊目。
三冊目を開いたところで、レーネの指が止まった。
「ここ」
シュエルが覗き込む。
《記憶硝子・監査用 十二枚》
その下には、保管場所と管理番号が並んでいる。
だが番号は十一個しかなかった。
「一枚足りない」
「違うわ」
レーネは前後のページを照合した。
「十二枚あった記録だけ残っていて、一枚分の行そのものが削られている」
紙を破った痕跡ではない。
最初からそこだけ書かなかったように、番号が飛んでいる。
「六二、六三……六五」
「六四がない」
シュエルの胸がざわついた。
「記憶硝子というのは、本当に記憶を映すものなんですか?」
「古い技術資料では、そう書かれている。特定の人間が残した視覚や音声を硝子へ封じ、後から再生するためのもの。でも、私は城で使われていたこと自体を知らなかった」
「じゃあ、昨夜見たのは……」
「誰かの過去でしょうね」
「それ以上、調べるな」
背後から声がした。
振り返ると、記録室の入口にサンタナが立っていた。
昨夜より険しい顔をしている。
「サンタナ。ちょうど聞きたいことがあります」
「聞かなくていい」
「私が決めます」
即答すると、サンタナは苦い顔をした。
彼の視線が机の硝子片へ向く。
その瞬間、顔色が変わった。
「……それ、どこで見つけた」
「北庭園の月白草の根元です」
「触ったのか?」
「昨日、一度だけ」
「何が見えた」
問い方が違った。
昨夜はただ地下へ行くなと命じていた男が、今は答えを恐れている。
シュエルは隠さなかった。
「劇場と、女性です。『三度目なら、城を止めて』と言いました。声は母に似ていました」
サンタナはしばらく黙った。
「知っていることがあるなら、話してください」
「全部は知らない」
「知っている範囲でいいです」
彼は拳を握り、それからゆっくり開いた。
「八年前、この城で事故があった」
レーネが顔を上げる。
「公的な事故記録は残っていないわ」
「だろうな」
「あなたはその場にいたの?」
「ああ。当時は見習いだった」
サンタナは目を伏せた。
「夜の封鎖警備についてた。俺が……確認を一つ見落とした。そのあと城内が騒ぎになった」
「何を見落としたんですか?」
「扉だ。封鎖したはずの通路を、誰かが通った」
「誰が?」
「分からない」
「何を運んでいた?」
「それも……」
サンタナは額を押さえた。
「思い出そうとすると、そこだけ霧がかかったみたいになる。だから、あの硝子を見たくない。何が出てくるか分からない」
シュエルはすぐには返さなかった。
昨日なら、理由を隠す彼へ腹を立てていただろう。
けれど今は、サンタナ自身も答えを持っていないことが分かる。
「分かりました」
サンタナが意外そうに顔を上げた。
「調査をやめるのか?」
「いいえ。やり方を変えます」
「は?」
「一人では触れません。再生する場所も、方法も調べてからにします。レーネさんに記録を確認してもらい、あなたにも立ち会ってもらう。それなら、昨日より安全です」
「俺にも?」
「八年前のことを知っている人が必要です」
サンタナは何か言い返しかけ、結局ため息をついた。
「……本当に頑固だな」
「昨日も聞きました」
レーネが小さく笑った。
「では、役割を決めましょう。私は欠番六四の保管先を探す。シュエルは硝子へ触れず、庭園側の記録を続ける。サンタナは、八年前に使われていた旧通路と警備記録を確認する」
「俺まで決定済みか」
「反対?」
レーネに問われ、サンタナは机の硝子片を見た。
「……いや。中途半端に隠して、また誰かが勝手に触るよりはましだ」
「勝手に、は余計です」
「昨日触っただろ」
それには反論できなかった。
*
夕方、レーネから呼び出しがあった。
彼女の机には、色の違う三冊の目録が並んでいた。
「六四そのものは見つからなかった。でも、移管記録があったわ」
細い指が、一行を示す。
《監査用記憶硝子 旧地下監査室へ移管》
「旧地下監査室?」
「その名称は途中で使われなくなっている。代わりに、後年の案内図には別名が書かれていた」
レーネが古い紙を広げた。
地下階の端。
現在は封鎖区画となっている場所に、小さく文字が残っている。
シュエルは読み上げた。
「……黄昏の映画館」
隣で、サンタナが息を呑んだ。
コメント
1件
ふわぁ…第2話もすごく良かった!!😭💕 レーネさんが冷静に調査を進めてくれる安心感、サンタナの苦い過去がちょっと見えたところ、そして「黄昏の映画館」って響きがもうエモすぎる…!! シュエルが「やり方を変えます」って言い切ったシーン、めっちゃかっこよかったよ!!続きが気になって仕方ない〜🌸✨