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#都市伝説
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2026年7月28日午後4時52分/東京都■■区K田末広地下センター/塚森キミカ
追いかけて来るリョウをどうにか振り切ったのは、駅にほど近いオフィスと古い飲み屋が軒を連ねる商店街のあたりだった。
斎場からは随分と離れてしまったけれど、焦りは感じなかった。
目的さえ果たすことができれば、うちはどうなってもいいし、家に帰れなくなってもいいとさえ本気で思っていたから。
そのためにはもっと人目のつかない場所に移動せんと……。
商店街の中を少し探索し、うちは道路の向こうに地下へと降りる階段を見つけた。考えるよりも先に、うちの足はそちらへと向かっていた。
――ようこそ親切と真心の末広地下センター街へ!
]
いかにも昭和っぽい筆致で、そう大きく手書きされた赤錆びだらけの看板の自己主張が強い。その下をくぐり抜け、老朽化が激しくところどころひび割れたタイル張り階段をくだりきる。
ツーンッと湿り気を含んだ黴の匂いが鼻をつく。陽が射さないせいか、真夏であるにも関わらず肌にまとわりつく空気は冷たい。
うちが立ったのは全長百五十メートルぐらいの細長い通路の端っこだった。天井の蛍光灯は大半が切れていて、ほぼ真っ暗と言ってもいい状態だ。
左右両側を小さな店舗が立ち並んでいたが、どこも現在経営していないらしい。一様に分厚いシャッターがおろされ、そこにベタベタと張り紙がされ、そのどれもが破れかかっている。
唯一稼働していると言えるのは――、一番奥に見える自動販売機だけだった。
誰がこんなところでジュースを買って飲む気になるんやろ。薄気味悪くて、うちやったら絶対そんな気になれへんわ。
そうは思ったものの、そのディスプレイ照明のお陰でなんとか通路全体を見渡すことができた。
……取りあえずあそこまで歩いてみよか。
他人事のようにそう考え、自動販売機に向かって歩き出す。足元がふらつき、何度か転びそうになりながら。
そう言えばこの一週間近く、ほぼ眠っていない。眠りたいとも思わないけれど。
というかあの日、マー君があんなことになって以来、うちはまるで夢の中にでも迷い込んだような気分だった。
もちろん、夢は夢でも悪夢。目には見えない炎で肌をチロチロ炙られる、まるで拷問みたいな悪夢のなかにうちはずっと取り込まれ続けている。
※ ※ ※
事件の後。ミサキさんは恩人で親代わりだという芸能事務所の社長さんと一緒に東京にいったん帰り――。
うちは童ノ宮に遊びに来ていた親戚の子が事故で亡くなったと学校に届け出、夏休み中の登校日を家で過ごした。
確か一昨日ぐらい、その話を聞いたユカリが心配して様子を見に来てくれた。その時、つい甘えが出てうちは号泣してしまったけれど――、それ以外のことは全く記憶にない。
だから、今回の事件について大人達がどんな風に話し合い、組織が世間向けてどんな処理をしたのか、うちは全然知らない。それに知りたくもない。
そして、今日はマー君こと栗原マキオのお葬式だった。
マー君は子役として有名だったということもあり、参列者は想像以上に多かった。
うちでも顔を知っている有名人が立ち替わり入れ替わり挨拶に来ていたし、マー君と同じ年頃の子役や同じ演劇教室に通っているらしいちびっ子達の姿もあった。そのお母さん達の姿も。その誰もが沈痛な顔をしていた。
祭壇の上で小さな額縁も収まっているマー君は誰がどう見ても若すぎたからだと思う。
マー君の死因は表向きには、さっきも言った通り、親戚である塚森家にお母さんのミサキさんといっしょに遊びに来いて交通事故に遭ってしまった、ということにしたようだ。
そんな小細工が本当に必要なのか、正直よくわからない。だけど、これについては特に不満はない。
うちも参列を認めてもらえたからだ。
マー君と仲の良い、従兄弟のお姉ちゃんと言うことで。
本当ならお父さんも葬儀に参列を希望していたのだが、事件解決直後、新しいお勤めに向かわなければならなくなってしまった。
だから泣く泣くではあるが娘であるうちに代理を任せて、という話になっている。
そしてリョウはと言うと、例によっておもり兼お目付け役として付いて来てくれたのだが――、本音を言えば今回に限って、同行は拒否したかった。
怪異に食い千切られた首と胴が繋がったばかりでリョウはまだ、体調が不安定だったし、人の道を踏み外すことになるうちの姿を見られたくなかったからだ。
式の間、うちはずっとソワソワしていた。童ノ宮から東京に向かう新幹線の中で、うちはミサキさんあてに前もってこんなメッセージを送っていたからだ。
……あの時、童ノ宮の神様の説得にマー君は応じたみたいだけど、うちは納得できていません。
ミサキさんもそうではないでしょうか?
実はうち、一つだけやけど外法が使えます。
詳細は言えへんけど――これを意識的に応用すれば、ひょっとしたらまた、マー君が帰って来てくれるかもしれません。
だから、ミサキさん、うちに最後のチャンスをもらえないでしょうか?
このメッセージに添えて用意して欲しいものを伝えた。ミサキさんからの返事は当然のようになかった。
子供を亡くしたばかりのお母さんにあんなお願いをしたら動揺するに決まっているし、場合によっては頭のおかしい子だと、敵意すら抱かれるだろう。
ミサキさんの協力がない場合はうちもあきらめるしかない。できるかどうかは別として。
そんなふうにうちは考えていたのだが――。
「確かに一つの生命としての、肉体としてのマキオは死んでしまいました。だけど、あの子の存在までが消えてしまったわけではないと思います。そう、あの子はいなくなっただけ。私は死ぬまで会えないかも知れないけれど、マキオは確かにこの世にいて今は力ある存在が守ってくれている。人によってはそれを神様とか、仏様、天使様って呼ぶのかも知れませんね。……あるいは天狗様とか」
式の最後――。喪主として弔問客に向けたミサキさんの言葉にうちははっとして顔をあげていた。
そして、祭壇の前に立つ、やつれ果てたミサキさんを見る。
ミサキさんもうちを見ていた。その瞳がうなづいていた。何度も何度も.
「……みなさんもご存知の通り、私は決してできた人間ではないし、母親としては不良品もいいところです。だけど、今、私がここにいるのはこんな私にも生きてみろと、何ができるのかやれるだけやってみろと――そう言ってくれているのだと思います」
弔問に訪れた人った血のすすり泣く声が大きくなる中ーー。
危うくうちは笑顔でガッツポーズをするところだった。
「結局私達は自分のやれることは何でもやるのだと前を向いて生きるしかできることはない……。私は今、そんなふうに思います」
こうしてマー君のお葬式は終わり――。
他の弔問客と同じように列に加わり、自分の順番を待ってミサキさんに声をかけていた。
「あ、あの、ミサキさん。こ、この度は本当に――」
「キミカちゃん。……来てくれたんだ。嬉しい」
ミサキさんが微笑み返してくる。
前から綺麗な人だな、とは思っていたけれど、こんなに優しい表情をうちに向けてくれたのは初めてだと思う。
と、その手がうちの頬に触れて――
「……あの時は本当にごめんね。謝って許される事じゃないけれど、本当にごめんなさい。……まだ痛む?」
「ううん、もう全然平気。こう見えてうち、治りが早い体質やから」
何だかくすぐったくて少しうちは表情を緩めていた。
そんなうちをミサキさんはそっと抱き寄せ、周りの人に聞こえないぐらい小さな声でいう。
「……これ。あの時の……マキオの……」
「……うん。預からせてもらうね」
小さな声でうなづき返し、うちは手のひらに載せられた白い容器をにぎりしめる。
言うまでもなく、中身はマー君だ。正確に言えばあの時、灰となって崩れ落ちたマー君の一部。
自分では全く記憶していないのだが、必死で周囲に飛び散った灰をかき集め、訳のわからないことをわめき散らかしていたそうだ。
まだ間に合う、まだ間に合うねんて、と。
外法でうちの血と肉をあげたらこの子はまだ――。
「ほなね、ミサキさん。また、あの事がうまくいったら連絡させてもらうから」
嘘だった。マー君のことが上手いってもいかなくても、うちがミサキさんに連絡をとることはできないだろう。
そのまま、ロビーまで出ると先に挨拶をすませたリョウが立っていた。リョウはうちに気がつくとゆっくり近づいてきて言った。
「――お疲れさん。……どうするこれから? 帰りの新幹線の時間までまだ少し余裕があるし、喫茶店でも寄っていくか?」
「ん。その前に……」
少し口ごもり、うちは答える。
「――ちょっとお手洗い行ってくるわ。そこのソファーで座って待ってて……」
※ ※ ※
「――あんな、マー君。外法って言葉はそもそも内法、つまり仏教の対義語、仏様以外の教えって意味やから元々は邪術ってわけでもないねん。アプローチが違うだけで、どっちも悟りを得るための手段っていうか。……あ、これ、お父さんの受け売りな」
ブゥ――――ン……。
重い稼働音を立てている自動販売機の足元にうちはよいしょと座り込んでいた。
それから、埃っぽい床の上にたった今購入したばかりのミネラルウォーター入りのペットボトル、マー君の灰が入った容器を並べてゆく。
「塚森家の外法はそもそもが文字も読めへんし、学問も知らん一般庶民のために開祖である稚児天狗こと、カガヒコノミコトが編み出した民間呪術やからね。エリート意識の高い法術や呪術界隈の人にはよう下に見られてるねんて」
まあそれはどうでもええか、とうちはため息をつく。
「外法の基本思想は――手段を選ぶな、やねんて。……悪いことをしろ、って言ってるんちゃうよ。目的があるならありとあらゆる手段を探れ、絶対あきらめるなってこと。微妙にちゃうねん」
……うちは一体、何をやってるんやろう。こんな暗いところでブツブツ独り言をしゃべり続けて、アホみたい。
しかも、マー君はその童ノ宮の神様、稚児天狗でもあるのだから――これじゃ、釈迦に説法ならぬ天狗に説法だ。
そして、稚児天狗こそマー君を復活させるための最大の鍵になるとうちは考えていた。それこそ、頭が痛くなるほど無い知恵を振り絞って。
六年前、うちは稚児喰ノ山の【御穴】でひとつの外法を授かった。
それが神孕みの外法。ミサキさんには詳しくは伝えられなかったが、稚児天狗を実体化させることができる。
ただし、それは稚児天狗にとって仮初の肉体であり数分しか保持できず――、代償としてうちの血肉を捧げなければならない。
つまり、稚児天狗の力を借りるためにはうちは死ぬほどの重症を負う必要があるというわけ。
だけど、時間切れが来て消滅する寸前、稚児天狗がうちの肉体を毎回、修復してくれるからそこは大した問題じゃない。問題なのは神孕みの外法で稚児天狗を栗原マキオとして実体化させた際、どれぐらい肉体を保持できるかだ。
いつものように数分では論外、数日や数時間でもダメ。
最低でも数十年は持たせないとミサキさんとの約束を果たせたことにはならない。
だけど、致死量ではなく、うちの血肉を丸ごと全てを捧げれば?
ミサキさんのもとにマー君を戻して、元の生活が送れるようになるかもしれない。あるいは、それでも、やはり数分、数時間しか持たないかも知れない。
うちはそのまま死ぬかもしれないし、いつもみたいに稚児天狗の力で生き返らせてもらえるかもしれない。
全て上手くいったとしても、あらゆる呪術において死者を蘇らせることは現世を呪うことと同義の禁忌。
うちは穢れた罪人として塚森家を追い出されるかもしれないし、危険視した組織に怪異として処理されるかもしれない.
かもしれない、かもしれない……。
憶測ばかりが頭の中をグルグルとかけめぐる。ストレスが極限まで高まり、うちはすっかり気分が悪くなる。
だけど、それでも――。
口のなかに水を残したまま、うちは容器の中に詰められた白い灰を、ほんの数日前までマー君だった灰を一気に煽っていた。
込み上げる激しい嘔吐感。涙がこぼれる。異物を体内に取り込めば自然な身体の反応だ。
今が頑張り時やで塚森キミカ。あんたはこれまでいろんな人に優しく、大事にされてきた。たまには恩を返さなどないするん?
自分に言い聞かせ、何とかうちは吐き戻したいのを抑えこむ。それから頭のなかで童ノ宮心経を、唱え事をはじめていた。
南無 大天狗小天狗十二天狗有摩那。
南無 秋葉大権現。南無 三尺坊大権現。南無 火之加具土神。
……マー君。お願いやから戻って来てマー君。稚児天狗とデイジーチェーンもいっしょに。
もし必要ならうちの血と肉、骨と内臓、髪の毛も皮も全部あげる。
あげるからこっちに帰って来てマー君。
童ノ宮の由縁を申し上げる。
その昔、湯山の里に天の遣わした御子あり。
燃え盛る御姿でご慈愛を与え給う。
ふるふると震ふ亡者。
荒ぶる神。
隔てるたゆたう水面。
くるくると独楽のごとくに回りしは人の心と世のことわりの物語。
……だってマー君、あんたはええ子やもん。
あんたみたいなええ子がミサキさんみたいないいお母さんに寂しい思いをさせたらあかん。
だから、戻っておいで。
諸々の禍事・罪・穢・物の怪有らむをば焼き祓い給え。
燃やし清め給えとかしこみかしこみ申す。
ミシッと嫌な音がして――、背中の肉が裂ける音がした。身体の内側で生じた何かが次第に大きくなってゆき、内臓を搔き分けて外を目指し蠢き始める。
来た。来てくれた。
ドロリと目と鼻から血が滴り落ち、ゲホッ土地の塊を吐き出す。
痛い。苦しい。辛い。
でも、嬉しい。
過去にはいろいろあったけれど――童ノ宮の神様は、うちにこんな素敵な外法を授けてくれた。
みぞおちからお臍の上あたりまで、内側からザックリと引き裂かれ、それが小さな手を突き出すのが見えた。やがて、視界が昏くなってゆき、その隅でうちの血にまみれたそれが首を傾げたような気がした。
「――キミカ、ちゃん……?」
幸せや。うちは本当に幸せ者だと心の底から思う。
微笑み、静かにうちは目を閉じていた。
オン アロマヤ テング スマンキ ソワカ。
オン ヒラヒラ ケン ヒラケンノウ ソワカ。
コメント
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うわ、キミカの覚悟がえぐすぎる……。葬式でミサキさんと目が合った瞬間、あそこでもう二人の間で通じ合うものがあったんだね。で、地下の自販機前での独り語り「目的があるならありとあらゆる手段を探れ」って外法の思想そのままキミカが体現してて痺れた。自分の肉と血全部やるって言い切る強さ、怖いし美しいし泣ける。ラストの小さな手が出てくる描写、映像が浮かぶようだった…続き待ってます🔥