テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
階段を駆け下りる足音が、自分のものとは思えなかった。
耳鳴りがしていた。
喉の奥が熱く、ずっと何かが詰まっている。
(俺が……俺が、見てた)
(見てただけだった。動かなかった)
(あいつが、あんな目で──)
足がもつれて、壁に肩をぶつけた。
その拍子に、肺の奥から息が漏れる。
「っ、……くそ、が」
吐き出すように呟いた言葉は、ただの音だった。
怒りでも、悲しみでもない。
叫びたいのに、喉が塞がれて出せない、破裂寸前の空気の塊。
(俺のせいだ)
階段を降りきったとき、視界がぶれた。
目が乾ききっているのに、涙が止まらなかった。
理由なんて、どうでもよかった。
(止められたはずだった。声を出せば──)
(あんなの、見てるだけなんて、していいはずないだろ)
立ち止まった。
気づけば、校舎の裏にいた。
もう誰の目にも映らない場所。壁の隅。ゴミ置き場の隣。
その場にしゃがみ込むと、急に呼吸ができなくなった。
「──っは、は、っ、やだ……やだ、やだ……」
言葉が、自分の口から漏れるたびに、喉が焼けた。
舌の奥に、鉄の味が広がる。
手が震えている。
膝ががくがくと揺れて、まるで自分の身体じゃない。
(助けたかったんじゃない)
(ただ、“見たかった”だけなんじゃないのか、俺は)
(……壊れるとこ、見たかったんじゃないのか)
「……俺、最低だ」
歯が鳴る。唇を噛んでも止まらない。
(あいつに触れたいって思った)
(抱かれたいって、思った)
(でも──俺のせいで、あいつ、壊された)
(俺が、壊したんだ)
もう、吐くように言葉が漏れていた。
「俺が……俺が……」
肩を抱いて震える身体に、誰も触れてこなかった。
触れられる資格もないと、遥自身が思っていた。
──もう、どこにも戻れない。
そんな確信だけが、地面の奥から響いていた。