テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
夜になると、嵐の前とは思えないほど豪奢な晩餐会が始まった。大広間には蝋燭型の灯りが並び、銀のカトラリーが磨き上げられ、窓の外で風が鳴るたびにだけ、現実が少し顔を出す。
アルノー・カーデンは中央の席でワインを揺らし、この町の海より収益予測の話を長く続けていた。ホテルの歴史も喫茶室の匂いも、彼の口にかかれば「改装後に再定義すべき要素」の一言で片づく。
ディアビレは給仕として会場へ入った。黒い給仕服の襟元を正し、皿を置く手はぶれない。けれどもう、以前のように目を伏せてはいなかった。
アルノーが彼女に気づき、薄く笑う。
「例の騒ぎの娘か。まだここで働いているとは驚いた」
ディアビレは皿を置き終え、まっすぐ返した。
「働く人間が残っているうちは、ここはまだ終わっていません」
周囲の視線が一斉に集まる。セルマが息をのむのが分かった。
アルノーは面白がるように眉を上げた。
「威勢がいい。だが権利は感情では動かない」
その時、大広間の扉が開いた。
風が一瞬だけ入り込み、蝋燭の灯りを揺らす。振り向いた客たちのざわめきの中を、ジナウタスがゆっくり歩いてきた。夜勤用の紺ではない。黒の正装に身を包み、濡れた髪ではなく、きちんと整えられた前髪が額を出している。
いつもの無欲な男なのに、立ち方だけで空気が変わった。
彼は会場の中央まで進み、アルノーの正面で止まる。
「では、権利の話をしましょう」
低い声が、大広間の隅まで届いた。
セルマの顔から血の気が引く。
ジナウタスは視線を逸らさず、はっきり名乗った。
「ステラマーレ創業家共同相続人、ジナウタス・ステラマーレです」
窓の外で雷が遠く鳴った。けれどそれ以上に大きく、会場の空気そのものが揺れた気がした。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
#恋愛
#恋愛
#心霊