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同居を始めて二週間。
様々なことがあった一週間の疲れを労おうと、初めて椿と酒を飲んだ。
缶ビールを一本ずつ空けた後、俺は缶ビールをもう一本、椿はノンアルコールのカクテルを飲んだ。
話も弾み、物理的にも精神的にも距離が縮まって嬉しくなったが、ここまで近づいてしまうのは考えていなかった。
ソファに椿を組み敷く格好で、俺は冷や汗と興奮の汗で、パニックに陥っていた。
いや、ガードを崩したいとは思っていたけれど!
俺は思いもよらない急展開に、凍りついていた。
視線の先には、頬を赤らめた椿の、湿って艶のある唇。それから、碧い瞳に映る俺が、涙の膜で揺れて見える。
「彪……さん」
ついでに、甘くか細い声で名前を呼ばれたら、それはもう受け入れOKのサインでしかない。
据え膳食わぬはなんとやら。
だが!
だが、しかし!
『押し倒せ!』
溝口部長と谷の声が背後から迫りくるような錯覚に、思わず伸ばしていた肘を曲げる。
その分だけ近づいた椿の瞳に吸い込まれるように、条件反射で首を傾げた。
椿に、嫌がる様子はない。
『ヤッちまえ!!』
いやいや。
『ヤリまくれ!!』
いやいやいや。
そんなこと言われてねーし!
人間、追い込まれると現実逃避してしまうものなのか。
誰の言葉か、自分の願望か、欲求が文字になったのか。
とにかく、幻聴まで聞こえる始末。
落ち着け。
酔った勢いに任せて、彼女との関係を破綻させるようなことだけは避けなければ。
ふーっとゆっくり息を吐き、理性を総動員して椿を見つめた。
「拒まないの?」
実は少し声が震えたが、彼女は気づかない様子。
「キス、するよ?」
余裕ぶって聞いてみたが、唇がムズムズするほどキスがしたくて堪らなかった。
「いい……よ」
「ふへっ!?」
まさかの答えに、鼻と口から同時に息が漏れ、人生でこれほどないというほど間抜けな声が出た。
だが、彼女は笑いもせず、じっと俺を見つめている。
いや、ダメだろ。
百パーセント椿は酔っている。
酔った弾みでセックスしたら、明日には出て行かれるか、居候の恩恵を身体で返すなんて言い出すか、月曜を待たずにコンプラ委員会に訴えられるか。
どれも、マズい。
マズいが……。
下半身も、かなりマズい状況だ。
スウェットは着心地も良くてリラックスでき、部屋着としては最適だが、下半身事情を隠すには最悪だった。
ピーンと張りつめて、股間がピラミッド状に膨れている。
椿が視線を下げてしまったら、セックスしなくても、した場合と同様にマズい気がする。
「シない……の?」
なにをっ?!
ホントにシていいの!??
大パニックになりながらも、なんとかそれを悟られない程度には涼しい表情を保ち、再度確認した。
「キスしたら、止まらなくなるよ?」
「いい……。あっ、やっぱり――」
急に椿が顔を横に背け、両腕で自分を抱き締めた。
やはり、酔った勢いなんかいいはずがない。
ソファについた手を離し、身体を起こす。
期待を捨てきれずに背筋を伸ばしたままの息子に言い聞かせるように、深呼吸をした。
そのうち、絶対、大活躍させてやるからな。
「――ヨレヨレの下着、恥ずかしい……」
ズンッと息子が飛び跳ねた。
漫画やアニメなら、『ドッカーン!』て文字が頭に降ってくるような衝撃。
なんだ、この可愛い恥じらいは。
下着……は脱ぐからなんでもいいんじゃないかな、うん。
高度成長期の息子の勢いに押されるように、俺はもう一度ソファに腕をついた。
今度は組み敷くのではなく、椿を抱き締めた。
当然、俺の下半身状況もわかる密着度。
その上で、もう一度聞いた。
彼女の耳元で、精一杯余裕ぶっこいた甘い声で。
「俺はきみが好きだから、そんなこと言われたら本当に抱くよ?」
はっ、と椿の唇から息が漏れる。
「朝になって憶えていなくても、もう離さないよ?」
「ん……っ」
耳朶を食むと、椿の喉が鳴った。
「好きだよ」
最低だ。
好きな女とはいえ、酔っているのに手を出すなんて。
だが、酔っているとはいえ、好きな女だから我慢できないのも事実。
俺はソファから垂れ落ちている三つ編みをすくい上げ、髪ゴムを抜いた。
毛先から指を這わせ、解いていく。
柔らかくて艶のある黒髪が、広がってゆく。
それから、眼鏡を外して、テーブルに置く。
「こっち向いて」
椿が恐る恐る首を捻り、俺を見た。
レンズなしに見た瞳は、いつもより明るい碧だった。
「綺麗だ……」
こんな風に、女性を褒める言葉を言ったことがあっただろうか。
いや、ない。
そもそも、心から可愛いとか綺麗だとか思ったことがない。
女優やモデルのように、顔が小さいとか目が大きいとか、そういう一般的な基準で思うことはもちろんある。
だが、顔のパーツの問題ではなく、胸が締め付けられるような、思わず言葉が漏れてしまうような、本能的な感覚で思うことはなかった。
三十も過ぎて初恋だなんて恥ずかしくて言えないが、ここまで欲しいと思った女は、間違いなく椿が初めてだった。
「好きだよ」
椿がふにゃっと気の抜けた笑みを浮かべた。
可愛くて可愛くて、もっと、俺の知らない椿が見たい。
そう思ったら、もう、どう頑張ったって我慢なんて出来なかった。
まつ毛が触れるほど顔を寄せると、彼女が目を閉じた。
だから、俺も目を閉じた。
そして、口づけた。
甘くて柔らかい唇に触れ、食み、舐める。
「ふ……んっ」
舌で唇をなぞると、わずかにすき間が生まれ、迷わず舌を差し込む。
彼女の口の中は、甘いカクテルの味がした。
椿がノンアルコールだと思って買って来た数本のカクテルは、半分がアルコールだった。
スーパーの陳列の問題か、誰かが無造作に置いたものだったのかはわからないが、とにかく、椿がノンアルコールだと思って飲んだカクテルはアルコール度数が九パーセントと表示されていた。
それを飲んだ結果、こうして俺に抱かれている。
「椿……」
彼女の目尻から伝った涙を唇ですくい、こめかみに口づける。
瞼、鼻、頬、唇に口づけながら、片手で彼女の胸を揉み上げ、片手でファスナーを下ろす。
椿は基本、家ではジャージを着ている。
ナ〇キのメンズもので、幼馴染の男からのおさがりだという。
その姿を見たのも、幼馴染から貰ったものだと聞いたのも昨日のこと。
それまでは、俺にジャージ姿を見せないようにしていたらしいが、風呂上がりの椿と、トイレから出て来た俺が鉢合わせた。
当然、俺はそのジャージをビリビリに切り裂いてやりたい衝動に駆られた。
そんな経緯があったジャージだから、少し乱暴な扱いになったのは仕方がない。
テキパキとジャージを脱がせ、彼女が恥ずかしがっていたタンクトップ型のブラジャーを押し上げ、こぼれ出た乳房にギョッとした。
このブラジャー、まさか高校時代のものとかいうわけじゃ……。
明らかにサイズが合っていない。
思わず聞いてしまう。
「椿、胸、苦しくないの?」
「え?」
「いや、だって、下着付けてたら胸が押し潰されてるよね?」
露わになった彼女の胸は、俺の片手では収まらない大きさで、それはもう柔らかそう。
「だい……じょぶ……」
「ホントに?」
「下着変えたら、持ってる服が入らないから……」
なんということだ。
これは大問題だ。
(俺の)椿の綺麗な胸が――!
「椿のクローゼットの中、俺が全部買い替えるね」
そう言って、俺は椿の胸に吸い付いた。
「あんっ」
柔らかな乳房を揉みしだきながら、色づく先端を口に含む。
女の胸に、こんなに興奮するのは初めてだ。
顔を埋めたい、なんて例えでしかないと思っていたが、本気で沸き起こる衝動だった。
舌で乳首を転がすと、椿が小さく喘ぎ、身じろぐ。
口を離さず椿を見ると、手の甲を唇に押し当てて声を堪え、もう片方の手でクッションの端を握り締めていた。
もっと、悶えさせたい。
声を我慢する余裕もなくなるほど――。
俺は身体を起こしてソファから下りると、彼女のジャージとショーツをまとめて引き下ろした。
弾みで椿の片足がソファから落ちる。
薄い茂みからピンクの膨らみが見え、思わずゴクッと喉を鳴らした。
俺は、一糸まとわぬ姿となった彼女を抱き上げ、ベッドに向かった。
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