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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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その後の話し合いで、優羽は一週間後から働く事になった。

それまでの一週間は、引っ越しや新しい環境に慣れる為に使いなさいと山岸は言ってくれた。


優羽の主な仕事はフロント業務とカフェの運営で、人手が足りない時には食堂の配膳などにも応援に行く。

食事は調理担当の男性がいて、その妻も食堂の配膳や皿洗いを担当している。

掃除やベッドメイキングは、近所の主婦が数名パートで通って来るそうだ。


優羽はこれまで、飲食業のアルバイトやアパレルショップの店員を経験していたので接客には慣れていた。

また、妊娠していた時は小さな会社で事務をしていたので、事務作業や電話応対などにも問題はなかった。

今までしてきた細切れの仕事が、思いのほかここで役に立つとは思ってもいなかった。

その時優羽は、どんな経験も決して無駄ではない事を悟った。


山岸の妻・紗子が、帰る前に優羽と流星が住む部屋を案内してくれた。

そこは一階の一番奥の部屋で、川に面した窓からはせせらぎの音が聞こえた。


部屋には、ベッドが二つと引き出しがついたクローゼット、そして備え付けのデスクまである。

デスクは流星が小学校に入る時に使えるのでありがたかった。

窓際には小さなコーヒーテーブルと椅子が二つあり、窓からは川と山が見渡せて絶景だ。

ざっと見た所全て揃っているので、新たに揃える家具は必要なさそうだ。


その後紗子は山荘の中も案内してくれた。

一階のフロント横には小さなカフェがあり、その奥は食堂だった。

食堂も川に面している。


二階へ上がり吹き抜けの廊下を渡った先は山岸夫妻の自宅で、それ以外は全て客室となっている。

部屋はツインの洋室が八部屋あった。


一階のフロント奥の廊下を進み階段を降りると男女別の浴場がある。もちろん温泉だ。

サイズは小さいが露天風呂も併設されている。

仕事の後は従業員も入っていいそうだ。

この風呂を見たら、きっと流星は大喜びだろう。


一通り館内を見学した優羽は、帰る前にもう一度山岸夫妻へお礼を言う。


「じゃあお待ちしていますよ」


笑顔の山岸夫妻に見送られ、優羽は山荘を後にした。


車を運転しながら、優羽の心臓はドキドキしていた。

新たに始まる新生活に胸が躍る。これからは流星と共に地に足をつけて生活出来るのだ。

優羽の胸は期待と興奮で高鳴っていた。


それからの優羽は忙しかった。

荷造りをしたり、必要な物を買い足したり、流星の保育園で必要な物を揃えたり。

とにかく大忙しだった。


山神山荘で働くことを母と兄に告げた時、二人はかなり驚いていた。

しかし兄の裕樹は市役所の仕事でその辺りを頻繁に行き来していたので、山荘の事をよく知っていた。

山神山荘が登山上級者に人気の宿で、オーナー夫妻の人柄が良いという事は有名なようだ。

だからあまり心配はしていない様子だ。

実家からは車で30分以内なので、兄の裕樹は何かあれば遠慮なく言えと言ってくれた。


一方、母の恵子は孫と一緒に生活するうちにすっかり流星に情が移っているようで少し寂しそうだ。

恵子も裕樹と同じように、何かあれば流星は預かるからと言ってくれた。

そんな二人に、優羽は心から感謝した。


引っ越し当日は、兄の裕樹が車で荷物を運んでくれた。

その際、恵子が用意した菓子折を持って山岸夫妻に挨拶もしてくれた。

山岸夫妻はそんな裕樹に、


「お仕事で近くまで来たらいつでも寄ってください」


と言ってくれた。

そんな山岸夫妻の優しい人柄に触れ、裕樹は安心した様子で家に帰って行った。


裕樹が帰ると、優羽は早速部屋の片づけを始めた。

衣類をクローゼットへしまい流星のおもちゃの置き場所を決め、自分の私物を机の引き出しに片付ける。

荷物の整理はあっという間に終わった。

片づけの間中おとなしくしていた流星に優羽が言う。


「流星、おうちの中を探検してみる?」


すると流星は目を輝かせて、


「うん!」


とニコニコして答える。


山荘の一階を見て歩いた後、二人は庭へ出た。

裏に流れる川沿いで、優羽は川の危険性を流星に丁寧に説明する。

その後山荘の周りを散策してみる。

その豊かな自然を見た流星は、


「かわもやまもちかくにあって、しゅごいねぇ」


と嬉しそうだ。

自然溢れるこの地域での暮らしは、きっと流星にとってもためになるはずだ…優羽はそう思った。


その後二人は山荘で働く人達を紹介された。

食堂を担当する三橋夫妻は五十代半ばの夫婦でとても気さくな人達だった。

三橋は東京のホテルでシェフをしていたそうだ。


アルバイトで通ってくる清掃担当の女性は三名いて、田中と伊藤は六十前後の主婦、

そしてもう一人は中山舞子という三十歳くらいの優しそうな女性だった。

優羽は歳の近い舞子とすぐに意気投合した。


従業員達に流星は大人気だった。元々物怖じをしない性格の流星は皆に話しかけて笑いを誘う。

山岸夫妻にもすっかり懐き、流星の可愛らしい様子に皆は思わず目を細めた。


その日の夜は、優羽のささやかな歓迎会が行われた。

この日は夏山登山の宿泊客が数名いたが、食堂で皆一緒に食事をした。

登山客は常連が多いようで、新しくスタッフとして入る優羽と流星をあたたかく迎え入れてくれた。


優羽はこんなにもあたたかい環境で働かせてもらえる事に、心から感謝をした。

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