その頃、岳大は代々木上原のマンションで山に入る準備をしていた。
写真撮影に必要な機材や登山に必要な装備、そして食料等を大型ザックに手慣れた様子で詰めていく。
冬山登山に比べると、夏のこの時期は荷物が少なくて済むから楽だ。
とはいえ、荷物の重さは相当なものだった。
岳大は、雑誌の写真撮影の日程よりも一週間早く出発する。先にいくつかの山を縦走してから立山に入るつもりでいた。
撮影の前に、まず自分の足で山を見ておこうと思ったからだ。
「天候次第では、岳大さんの方が早く宿に着く可能性もありますよね?」
隣りの部屋にいた井上が岳大に聞いた。
「うん、そうだね。日程に余裕を持たせてあるから、良い天候が続けば僕の方が早く着くかもしれない。でも、天候が崩れた
ら編集長達を少し待たせてしまうかもしれないのでその時はフォローをよろしく」
「わかりました。今回も白馬から入って黒部経由ですよね?」
「うん。黒部も久しぶりだからなあ…ゆっくり縦走してくるよ。そうだ、車は白馬のいつもの場所に停めておくからよろし
く!」
「了解です。夏山とはいえ気を付けて下さいよ。大事な撮影を控えているのですから」
「わかっているよ。無理はしないようにするから」
岳大は笑顔で答えると荷造りを続けた。
そして次の日、岳大は一足先に長野へと旅立った。
山荘に引っ越してから数日経った優羽は、既に流星を保育園に通わせていた。
人見知りをしない流星はすぐに新しい保育園に馴染み、大樹君という友達もできて楽しく通っている。
保育園は土曜日もやっているので、この日も流星は保育園に行っている。
山荘の仕事は土日が忙しいので、土曜日もやっている保育園で良かったと優はホッとしていた。
優羽の仕事は月曜日からなので、明日の日曜日まではゆっくりできる。
仕事が始まったらしばらくは忙しくなるので、明日は流星と立山の室堂まで行き観光しようと思っていた。
優羽は黒部ダムや室堂には一度だけ行った事があるが、子供の頃だったのであまりよく覚えていない。
山荘の客に立山の事を聞かれて説明出来ないのは恥ずかしいので、この機会にちゃんと見てこようと思う。
室堂までは、ケーブルカーやロープウェイ、トロリーバスなどを乗り継いで行くので、
乗り物好きな流星はきっと喜ぶだろう。
山荘から室堂までは日帰りで行ける距離なので、新生活の第一歩としての思い出作りにもふさわしい。
優羽は流星を迎えに行った帰りの車で言った。
「明日はママと大きな山まで遠足に行ってみようか?」
それを聞いた流星は目をキラキラと輝かせて言った。
「えんそく? いく! いきたい!」
「うん、じゃあ今日は早く寝て、明日の朝は早起きだよ!」
「やったー! ママとえんそく! わーい!」
流星は大はしゃぎだ。
そんな嬉しそうな流星の笑顔を、優羽は微笑んで見つめていた。
翌朝二人が立山へ出かけようとすると、食堂の三橋が来て言った。
「ほら、これ! お昼に食べなさい」
そういって袋を二人に渡す。
優羽が袋の中を覗くと、おにぎり弁当が二つ入っていた。
「作ってくださったのですか?」
優羽は驚いて三橋に聞くと、洗い場にいた三橋の妻が言った。
「室堂まで行くんでしょう? 今日は遠足だって昨日流ちゃんが嬉しそうに言っていたからね!
朝食のついでに作ったから気にしないで!」
「ありがとうございます! うわー嬉しい、良かったね、流星!」
「みっちゃん、ありがと!」
流星はニコニコして三橋に言った。
それから二人は日帰りの立山観光へと出発した。
その頃岳大は黒部の縦走を終え、いよいよ最後の目的地である立山へと向かおうとしていた。
久しぶりの北アルプスは若い頃の自分を思い出させてくれる。
あの頃、岳大は山の魅力に引き込まれていた。
そしてそれ以降この北アルプスの山々を登頂し渡り歩いた。
北アルプスの山々は、今の自分を作ってくれたスタート地点でもあった。
山の魅力は一言では言い表せない。
山は自然の厳しさと美しさが常に対比している。
山に登るという行為は、大自然との闘いでもあり自分との闘いでもある。
壮大な山々に囲まれていると、人間の存在はなんてちっぽけなものなのだろうと認識する。
そしてその偉大なる山々から人々は謙虚さを学ぶ。
山が四季折々に見せる自然の美しさは、厳しい山を登って来た者へのご褒美なのかもしれない。
自然のありのままの美しさは人々を惹きつけてやまない。
登山とは、自分で計画した工程に沿ってただひたすら黙々と進んで行く行為である。
そしてその動きの中には、人間が生きていく上での必要な術が全て詰まっている。
山には人生における必要な知恵が全て凝縮されているのではないだろうか? 岳大はそう思っていた。
早朝に山小屋を後にした岳大は、最後の目的地である立山を目指して歩き始めた。
辿り着いた先には、きっとまた新たな出逢いや発見があるはずだ。
岳大は、無精ひげが生え真っ黒に山焼けした頬を緩ませると真っ青な空を仰ぎ見る。
そして再び前へと歩き始めた。
コメント
3件
確かに黒部ダムは見応えが有る、岳大さんも優羽一家も立山へ。もしかして🤭🤭🤭
⛰️新たな出逢いや発見があるとおもってる岳大さん! 親子で楽しい遠足中の2人⛰️ ドキドキしてきた💓そして日焼けして無精ひげの岳大さんにちょーっとほの字˘͈ᵕ˘͈
1週間立山に滞在⛰️‼️そして優羽ちゃんも流星くんと立山に遠足🎒 ここですてきな出会いが待ち構えてる⁉️