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川沿いの夜から数日。遥は、また同じベッドで目を覚ました。
誰もいない。
耳の奥で、街のざらついた音が遠くに消えていく。
胸の奥には、空白だけが残っていた。
スマホの画面には日下部からの未読がいくつも並んでいる。
――「今どこ」
――「話したい」
――「無事なら返事してくれ」
指は動かない。
返したら、すべてが決壊するような気がした。
学校へ向かう足は重い。
けれど家にいても息が詰まる。
薄曇りの午後、校門をくぐった瞬間、背中に強い視線を感じた。
振り向くと、そこに日下部が立っていた。
「……おまえ」
声は低く、しかし震えていた。
遥は一瞬、逃げようとした。
けれど足が動かない。
日下部は歩み寄り、目を逸らさずに言った。
「なあ、俺は何をすればいい。
おまえがどこに行って、何をして、どんな顔してたか……想像ばっかして、狂いそうだった」
その声は、怒りでも哀れみでもなく、ただ必死だった。
遥の胸の奥で、痛みが広がる。
蓮司の冷ややかな笑みがよぎる。
(拾われてる――か)
「俺は、おまえに命令したいんじゃない。
でも……」
日下部は言葉を探し、荒い息を吐いた。
「消えないでくれ。それだけは、頼む」
遥は俯いたまま、拳を握りしめる。
何も言えない。
何を言っても、日下部のその言葉を壊してしまいそうだった。
風が二人の間をすり抜ける。
遠くで部活の声が響く。
世界はいつも通り動いているのに、自分だけが取り残されている。
「……俺なんか、どうせ」
かすれた声が漏れる。
その先の言葉は、日下部が小さく首を振ったことで飲み込まれた。
「それでもいい。
おまえがここにいるなら、何度でも探す」
遥の心に、微かな亀裂が走った。
壊れたままの胸の奥に、何かがほんの少しだけ響いた。
蓮司の影も、夜の匂いもまだ消えない。
それでも、日下部の声だけが、確かに届いていた。