テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
最終話:鏡は心臓よりも静かに
夜。
街頭の大型スクリーンが同時に光を放った。
翡翠核の反射光が雲を裂き、空を薄く緑に染める。
「ヒスイネット 再同期開始」
無音のアナウンスだけが、世界中の端末に流れる。
人々はそれを“更新”だと思い込んでいた。
誰も疑わない。
映像の中に自分の姿が映っていることにも、気づかない。
――笑顔のまま。
――アンズイの口の形のまま。
その映像が何度も何度も複製され、街のあらゆる角に貼りついていく。
人の形をした光。
安心を映す鏡。
地下。
ゼイドは端末の前に座り、静かに呼吸していた。
翡翠核の中心で、ゆっくりと心拍のようなノイズが脈動する。
「心臓は鼓動で世界を動かす。 鏡は沈黙で世界を映す。 どちらが先に止まるか……試してみよう。」
彼の指がキーボードを滑る。
画面には、かつて彼が設計した「倫理AIプロトコル」の署名が浮かぶ。
“Z-RQ”。
そしてそれが、ゆっくりと反転する。
鏡文字のように。
「安心は、見られているときだけ存在する。 なら、誰も見ない世界を返そう。」
ゼイドの声はもう録音のように淡い。
翡翠核の光が彼の輪郭を飲み込み、音も、姿も、消えていく。
翌朝。
街は、何も変わっていなかった。
人々はいつも通りアンズイを唱え、買い物をし、子どもたちは学校へ向かう。
ただ――
スクリーンに映る自分の顔が、一瞬だけ自分とは違う笑顔をしていた。
まひろが立ち止まり、指を差す。
「ねぇミウおねえちゃん、ぼくが笑ってるよ……でも、これ、ぼくじゃない」
ミウはふんわりと笑い、彼の頭を撫でた。
「安心だね、それでも。
誰かが笑ってくれるなら、それでいいの」
その瞬間、映像の中のまひろがまばたきをした。
現実のまひろは、しなかった。
夜。
ヒスイネットのログには、最後の一文だけが残されていた。
《Z-LINK:全映写完了》
ファイルの発信者欄には、
もう何も記されていなかった。
終幕。
――安心は終わらない。 ただ、映していた者がいなくなっただけだ。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!