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「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ……!」
脳裏にキミカの姿がいくつも重なって浮かび――、獣のように絶叫しながら俺は、柴崎が鬼玄翁と呼んだ金槌を大きく振り払っていた。
俺の襲撃に気がつき、岩の表面に深く刻まれた中年男の顔が、カッと両目を見開いている。
凄惨だが、どこか滑稽なその表情に思わず口もとがほころぶ。
冷笑してやったつもりだったが、意外にも俺の胸の中はジンワリと温かいものが込み上げていた。
「この目で見るまでは信じられなかったが、あんた、本当に石ころになったんだな。……全くお笑い種って言うのは、このことだよ」
ピキッと鋭い音を立てて――。
鬼玄翁の爪を叩き込むようにして突き立てた箇所、人面の眉間の辺りにかすかだが亀裂が生じる。
怪異が耳朶を震わすような大音声で吠えた。
そして全身を激しく揺さぶり、コウの外法でトリモチのように粘り付く人毛を引き千切り、その勢いで俺へと接近してくる。
その巨体に圧し潰され、挽き肉のようになった無残な自分の姿と激痛が思い浮かび、腰が引け、後退りしそうになるが――敢えて前へ進み出る。
回転する岩石のカドに肩の肉を削り取られ、鮮血をまき散らしながらも俺は身体を翻させ直撃を回避。それから、こびり付いていた人毛を片手でつかみ、ピタリと笑ひ岩に身体を取りつかせる。
今や笑ひ岩は激怒していた。
鬼のような恐ろしげな表情を怒りのあまり、真っ赤に燃え上らせて。
「そんなに怒ることはないだろ。敵味方に分かれたとは言え、せっかくこうして再会できたんだ。この千年間、何をやっていたかお互い近況報告でもしようじゃないか」
自分でも意外だったが――俺はいつになく、上機嫌だった。岩肌に足を引っかけて上へとよじ登りながら、ペラペラと軽口を叩き続ける。
「ひょっとして、あんたを裏切って荘官様に売り飛ばしたこと、まだ怒ってるのか? 別に怒ってないよな? あんただって、まだガキだった俺のこと、散々蹴ったり殴ったりして胸糞の悪い畜生働きの手先にこき使ってきたんだから」
俺は再び鬼玄翁を構え、男の顔――、ヒビの入った眉間に再度、狙いを定める。
石や岩を壊す時、刃物は役に立たない。
斬撃とは表面に刃を滑らせて切ることを言う。笑ひ岩のような怪異の皮膚は固いため、弾かれてしまうのだ。
だが、打撃は違う。金槌などで一点に衝撃を叩き込めば、外側がどれだけ固くても内部から――、割れる。
交通事故に遭った時人体がどんなダメージを負うか、考えてみるといい。表面的には大して傷を負ったように見えなくとも、車に弾き飛ばされた衝撃で内出血や骨折しているリスクは高い。
つまり、打撃は表面よりも、中身により大きなダメージをもたらす。
そして鬼玄翁は、ただの金槌じゃない。
打撃と同時に呪物としての霊毒をも破壊対象の内部に流し込むことができる。つまり、追加ボーナスってやつだ。
――ガゴッ!
乾いた破裂音が境内に大きく響く。
鬼玄翁の爪が、二度目の打撃が笑ひ岩の眉間に深々とめり込み、亀裂がさらに広がってゆく。ボロボロと音を立てて、表皮が無数の欠片となって剥がれ、地面に落ちて弾ける。
岩の奥で、何かが軋む音がした。
まるで中身が悲鳴をあげているように。
「ところで、あんたは都から攫ってきた若い女のことを覚えてるか? 隠れ家の洞穴に連れ去って逃げられないよう、四肢を切断。子を孕ませた後、散々痛めつけて殺した貴族の娘だよ」
出来るだけ淡々と言葉を紡ぎながら、俺はさらにダメージを与えるべく鬼玄翁を振るい、その爪を打ち込んでゆく。
そして、もう一撃。
そして、もう一撃。
そして、もう一撃。
「生まれた子供の初めての仕事は、お姫様を、つまり自分の母親を始末することだった。気の触れた女が面倒になって、あんたがやらせたんだ。……まあ、攫われた時点であの女は死んだも同然だけどな」
そこで一旦、俺は手を止める。
笑ひ岩は既に岩の形を失っていた。内側からほとんどの体表を打ち崩され、食い荒らされ細い芯だけになったリンゴのような――無残と呼ぶにはあまりに滑稽な姿に変わり果てていた。
表皮に刻み込まれていた男の顔はいまや、ほとんど削げ落ちて原型を留めておらず、文字通り虫のような息遣いを立てているだけだった。
思わずため息が出た。
「断っておくが、別にこれは復讐のつもりじゃないぞ。確かにあんたはまがうことなきクズだが……、それでも俺に対して全く優しくなかったわけじゃない。たまに恵んでくれた握り飯や獣の肉は上手かったし、どんなに喰い詰めた時でもあんたは俺を人買いに売ろうとはしなかった」
まあただの所有欲なんだろうな。
そう口にすると、思わず苦笑いが出た。
いつの間にか夜は更け、ヒューヒューという苦しげな息遣いだけが闇に塗りたくられた境内に響いていた。
「でもな、それでもあんたがキミカを泣かせたことは見過ごせない。……それだけは許すわけにはいかないんだ、俺は。だから、親父。今日でお別れだ」
血を吐くように言って俺は鬼玄翁の柄を握りしめ直す。
それをゆっくりと頭上に持ち上げて――、ふと思い付き、最後にこう付け加えていた。
「……あんたが付けてくれたリキマルって名前、田舎臭いとは思うけど別に嫌いでもなかったよ」
#異能
#伝奇