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その夜、誰もいない更衣室の鏡の前で、ディアビレはひとり顔の練習をしていた。
「まあ、お気の毒」
「それ、あなたには似合わないわ」
「主役って大変ねえ」
台本の嫌味を口にしてみる。けれど鏡の中の自分は、どう頑張っても根が曲がって見えない。口元をきつく上げると、ただ眠そうな人になる。目を細めると、心配している人に見える。嫌な女を目指しているのに、出来上がるのは寝不足の苦労人だ。
「……全然だめ」
つぶやいたところで、背後から低い声がした。
「惜しい」
振り向くと、更衣室の戸にもたれたジナウタスがいた。いつから見ていたのか分からない顔で、腕を組んでいる。
「またそれですか。何が惜しいんです」
「顔は作れてる。言葉も間違ってない」
「じゃあ、何が」
ジナウタスは少しだけ首を傾けた。
「根が優しい」
ディアビレは思わず口を閉じた。そんなもの、いま必要ない。主役を引き立てるための影になるには、もっと冷たく、もっと意地悪く見えなければいけないのに。
「優しいと困る時だってあります」
「困るのは、おまえを使う側だろ」
まっすぐ返されて、胸がつまる。ジナウタスは鏡越しに彼女を見ながら、さらに続けた。
「悪い顔の練習より、休む練習をした方がいい」
「そんな暇ありません」
「ある。作る」
言い切る声が不思議と揺らがない。ディアビレが何か言い返す前に、彼は近づいて鏡台の上へ小さな紙袋を置いた。中には絆創膏と、小瓶のハンドクリームが入っている。
「手。明日もっと荒れる」
それだけ告げて去っていく背中を、ディアビレは呼び止められなかった。鏡の中の自分は、悪い顔どころか、ひどく戸惑った顔をしていた。
風宮 むぅまろ🦇🍀︎ 🍬🍚
#海辺の町