──この頃は筆が乗っていた。
筆が乗っているだなんて、なんだか自分で言うのもおこがましいかもしれないけれど、HASUMIの会社内には思わず筆が乗ってしまうようなモチーフがたくさん溢れていて、描いても描いてもキリがないくらいだった。
エントランスの外で、新たに買い揃えたキャンバスをイーゼルに立てて、会社の風景を鉛筆で下書きをしていると、みなさんが気さくに声をかけてくれた。
「三ッ塚さん、どんな絵を描かれているんですか?」
「仕上がったら、また見せてくださいね」
社員さんらは私のことを覚えてくださっていて、絵を描く姿を見かけるといつも笑顔で話しかけてくれた。
こんなにも満ち足りた気持ちで絵を描くことも、かつてなかったような気がした。
(蓮水さんに出会えて、本当に良かった……)
……あの人に出会っていなかったら、私は今も陰鬱な気持ちを抱えて絵と向き合っていたのかもしれない。いや、もしかしたらもう筆を折ってしまっていて、既に描くことさえやめていたのかもしれなかった。
蓮水さん……
彼のことを思うと、どうしようもなく胸が疼いて、切ない想いに鼻の奥がツンと痛くなってくるようだった……。
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