とにかく、鎌倉には俊の好奇心をそそるものが数多く存在する。
鎌倉には、元々神社仏閣や歴史的遺産、そして海や山など豊かな自然も多い。
老後は、そういった歴史ある場所を散策がてら訪ねてみるのも楽しそうだ。
まさに余生を過ごすにはぴったりの場所だと思っていた。
そして鎌倉を選んだ理由はもう一つあった。
それは親友でありサーフィン仲間でもある友人が辻堂に住んでいるからだ。
大学時代からの親友である菊田修は、辻堂の地主の息子で現在も辻堂に住んでいる。
この辺りの不動産にも詳しく、菊田自身も不動産賃貸業を営んでいた。
今回家を買う際も、菊田の親戚がやっている不動産会社から物件を紹介してもらった。
よそ者が鎌倉の物件を探すとなると、コネがあった方がスムーズにいく。
菊田は俊の希望を細かく聞き出すと、すぐにぴったりの物件を紹介してくれた。
そんな菊田は辻堂でカフェも経営している。
鎌倉から辻堂までは30分もあれば着くので、気軽に友人に会いに行ける距離もいい。
近すぎず遠すぎずが、程よい感じだ。
鎌倉を選んだのは、ざっとこんな理由からだった。
その時一人の女性が俊に声をかけた。
「一ノ瀬さん、お隣で一緒に飲んでもいいかしら?」
女性は浜崎ゆりあ、38歳。
ゆりあは30代向けの女性ファッション誌の人気モデルだった。
飲み会には、仲間の加藤が呼んだ数名の女性が参加している。
マーケティングを担当している加藤は華やかな業界に顔が利く。
男だけの飲み会には、いつもこうやって女性達を呼んでいた。
ゆりあは30代後半にしては若く見え、モデルをしているだけあって
スタイルの良い美人だ。
上品で女性らしい服を身に纏い、足元は華奢なヒール。
そして隙のないメイクにネイル。
女性らしくウェーブした長い髪は艶やかだ。
そして身体中から香水の甘い香りがする。
俊はぼんやりとゆりあの指先を見つめながら思った。
(こんな長い爪で家事ができるのだろうか?)
もちろんそんな事は口には出さない。
その時またゆりあが言った。
「一ノ瀬さんって、雰囲気が俳優の豊村悦司に似てますよね? 言われませんか?」
「よく言われます」
実際、俊はその俳優にそっくりだった。
顔や雰囲気だけでなく、サーフィンが趣味というところ、
そして背が高くがっちりした体形も極めてよく似ていた。
「やっぱりー! えっとぉ、一ノ瀬さんはなぜノンアルコールなの? お酒は飲まないのですか?」
すると横にいた矢口が言った。
「俊さんは今日は車で鎌倉に帰るから飲めないんだよ」
その途端、俊は矢口に鋭い視線を送る。「余計な事は言うな」という合図だ。
俊の視線を感じた矢口は「やべぇ」といった顔をして、慌ててトイレへと向かった。
「鎌倉ですか? 一ノ瀬さんっててっきり都内にお住まいかと思っていました」
「普段は都内ですよ」
「そうなんだぁ。でも、鎌倉にもおうちがあるの?」
すると斜め前にいた加藤が言った。
「俊はサーフィンが趣味だから、鎌倉に家を買ったんだよなっ?」
加藤までもがペラペラと余計な事を言うので、俊は今度は加藤を睨む。
しかし加藤は全く気にする風もなく続けた。
「鎌倉の大豪邸、羨ましいなぁ! 今度呼んでくれよぉー!」
「私も行きたーい!」
加藤とゆりあが口を揃えて言うと、
「あそこは完全にプライベート専用なので…悪いな」
俊はそう言って穏やかに微笑む。
その時加藤が言った。
「もしかして隠し妻とかいるんじゃないか? 急に家なんて買ったから、周りはそんな噂で持ちきりだぞ」
「え? そうなんですか?」
ゆりあはびっくりして俊に聞く。
「まあ、想像に任せるよ」
俊は、わざと匂わすように言って笑った。
ゆりあのように積極的な女は、少しでも期待を持たせるとグイグイ来る。
俊はもうそういうのが面倒だった。
だからあえてわざと言ったのだ。
すると加藤がニヤニヤしながら言った。
「超アヤシイなぁ~!」
「本当に隠し妻がいるんですか?」
ゆりあはしつこく聞いてくる。
しかし俊はグラスを手にしてただ穏やかに微笑むだけだった。
「ちゃんと教えてくれないなんてずるい!」
ゆりあが拗ねたように言うと、加藤がゆりあに言った。
「ゆりあちゃん、俊は難攻不落だから諦めた方がいいよ。コイツ今までさんざんいろんな美女たちと浮名を流してきたんだよ。
その中にはあっと驚く大女優もいたからね。多分ちょっとやそっとじゃ落ちないと思うよ」
「私、逆に振り向いてくれないと燃えるんです!」
「ひゃーっ! ゆりあちゃんチャレンジャー!」
加藤はそう叫ぶと、大袈裟に驚いてみせた。
コメント
4件
ゆりあとは友達になりたくない…😅
谷口も加藤も女の前でペラペラ喋りすぎ💢プライバシーを暴露するんじゃないよ‼️ きっと信頼してるスタッフ間の話だろうけど、モテるイケオジには迷惑な話🙅♀️
加藤ゆりあ→加藤がゆりあに でしょうか?