テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
その頃理紗子は、少し早めに夕食の準備をしようと思っていた。
今日は朝から集中して仕事に取り組んだお陰でだいぶはかどった。
午前中に石垣島旅行の連絡を受けてからはさらにやる気がアップし、結局午後もずっと執筆を続けていた。
今日は我ながらよく頑張ったと理紗子もかなり満足気だ。
(今日はもう仕事はやめてのんびりしよう)
そう思った理紗子は、急に実家でよく食べた水炊が食べたくなり夜はそれにしようと思った。
暑い夏にあえて熱いものを食べるのは胃腸にもいいらしい。
一日中冷房の中にいるこの時期には特に効果的かもしれない。
ちょうど胃腸が疲れ気味だった理紗子にはちょうど良いメニューだろう。
冷蔵庫を覗くとからっぽだったので、理紗子はジーンズにTシャツののまますぐに近くのスーパーへ向かった。
夕暮れ時の空はオレンジ色に輝いていた。
(オレンジ色の夕焼けなんて久しぶりに見たかも…)
夏の終わりの生暖かい風が理紗子の髪を揺らす。
街路樹の木々からは蝉の鳴き声が賑やかに聞こえてくる。
(この辺りにはヒグラシはいないのかな?)
杉並にのマンション時代はよくヒグラシの鳴き声を聞いたなぁと懐かしく思っていると、
あっという間にスーパーに到着した。
夕方の店内は混んでいた。
理紗子は手早く必要な食材と六本入りのビールを買い、袋を二つ抱えて店を出る。
こうした何気ない日常の中で、今の生活のささやかな幸せに気づく。
好きな事を仕事にしている喜び。
いつでも好きな時間に出かけられる喜び。
こんな時間に縛られない毎日が今の自分には合っている。
この生活がいつまで続くかはわからないが、可能な限りこの仕事に全力を注ごう。
理紗子はそう決めていた。
理紗子がぼんやりとそんな事を考えていると、目の前の信号が赤に変わったので歩みを止めた。
そして前をじっと見つめていると、そこに見覚えのある顔があった。
それは健吾だった。
理紗子がびっくりした顔をしていると、健吾も理紗子に気づいたようだ。
信号が青に変わると、健吾が小走りで理紗子の所まで近づいて来た。
「どうも」
「こんばんは」
「こんな所で偶然だね。買い物?」
「はい。最近夏バテ気味なので今夜はあえて温かいものを食べようかなと思って」
理紗子はそう言うと、長ネギや水菜が飛び出したスーパーの袋を少し上に持ち上げた。
「え、それって鍋系?」
「水炊きってわかります?」
「福岡のだよね? 昔九州へ旅行した時に食べたなぁ」
「それです。あっさりとポン酢で!」
「いいねぇ…」
健吾は羨ましそうに言った。
「佐倉さんは? お買い物ですか?」
「うん、なんかちょっと胃の調子が悪くてさ。俺も夏バテかなぁ? 今そこの薬局で胃薬買って来た」
健吾はそう言うと、右手に提げた小さな袋を理紗子に見せる。
「この暑さだと体調崩しがちですよね」
理紗子はそう呟いてから、急に思いついたように言った。
「もしよかったら、水炊き一緒にいかがですか?」
「えっ? いいの?」
「あ、もちろん食欲があればの話ですが…….」
「食欲はあるよ。実は今どこかへ食べに行こうと思っていたんだけど、外食はこってりしたものが多いから悩んでたんだよ」
「じゃあ是非。この間色々と買っていただいたお礼に」
「いや、あれは本当に気にしないで下さい。でもせっかくだからご馳走になろうかな…」
健吾はそう言って微笑むと、「持ちますよ」と言って理紗子の重い買い物袋を持ってくれた。
それから二人は理紗子のマンションへ向かって歩き始めた。
理紗子の部屋の前へ着くと理紗子が言った。
「散らかってますけどどうぞ」
「お邪魔します」
健吾は靴を脱いで中へ入る。
女性の部屋に入るのは久しぶりだと思いながら玄関を見回した。
白いシューズボックスの上には、優しい色調のリトグラフが飾られていた。
黄色のグラデーションの丘の上にポツンと小さな家、そしてその傍には一本の樹が描かれていた。
全体が黄色いその絵はシンプルな玄関のアクセントになっていた。
短い廊下を進むと奥にリビングがあった。
リビングの手前にはカウンターキッチンがあり、
全体が白い壁の室内はとても明るく感じられ清潔感に溢れていた。
窓際にはテレビボードとテレビとソファー、それにローテーブルがある。
壁際にはナチュラルブラウンの木製のデスクがあり、机の上にはノートパソコンが一台置かれていた。
小説はここで書くのだろう。
デスクの隣りにはブックシェルフが並んでいた。
そこには理紗子の著書が並べられている。
そして本の横にはちょこんと猫の置物が三つ並んでいた。北欧の女性作家が作った陶器の置物だ。
その愛嬌のある猫達を見て健吾の頬が緩む。
ダイニングテーブルもナチュラルブラウン色だった。
全体的にインテリアに統一感があり、置かれた雑貨もセンスが良くとても居心地の良さそうな部屋だ。
やはり家を仕事場にしているのでこだわりがあるのだろう。
「いい部屋だね。1LDK?」
「そうです。私が買えるのはそれが精一杯でした」
理紗子は笑いながら言った。
「ソファーへどうぞ。用意する間、適当に寛いでいて下さい」
理紗子はそう言うと日本茶を入れ始める。
健吾は「ありがとう」と言って窓辺へ行きカーテンを開けて外の景色を眺めた。
外は既に薄暗闇に包まれビルの明かりが煌々と輝いている。
「向かいに遮る建物がないから、7階でもかなり解放感があるね」
「はい、この景色が気に入ってこのマンションを買ったんです。もうちょっと暗くなるとライトアップした東京タワーが左前方
に見えるんですよ」
理紗子は嬉しそうに言うと、トレーに日本茶を載せて持って来た。
そして、
「どうぞ」
と言ってローテーブルの上に置く。
コメント
4件
理紗子ちゃん宅ご訪問&一緒にお食事🍲💖....健吾さん、たぶんニッコニコだろうなぁ~😆🎶💕🤭 これを機会に、さらに二人の仲が深まると良いね♥️
2人の進行が発展進行中ですかね😉
ルンルン🎶スキップ気分で理紗子ちゃん宅へ行ったんだろうな〜🤭胃の調子が優れない健吾の為に日本茶を淹れて出す…そういう気遣いが自然にできる理紗子ちゃんの事、更にググッともっと²惹かれていきそう💘