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#命
ruruha
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#学園
要 九十九
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星キラリ

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眠狂四郎
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次の診察の日が近づいていた。
美咲は、カレンダーに書き込んだ日付を何度も確認していた。
病院に行けば、また妊娠の状態を確認することになる。
週数も、赤ちゃんの様子も、これから必要になることも。
分からないことを聞けばいい。
直人も一緒に来てくれると言っていた。
それなのに、診察の日が近づくほど、気持ちは落ち着かなくなっていった。
本当に産むのか。
自分は母親になるのか。
まだ高校生なのに。
考えても答えは出なかった。
朝、洗面所で顔を洗っていると、母が後ろから声をかけた。
「美咲、最近ほんまに食べる量減ったな」
「そう?」
「そうやで。前は朝からしっかり食べてたやん」
「ちょっと胃が変な感じするだけ」
「病院行ったほうがええんちゃう?」
美咲の手が止まった。
「……大丈夫」
「大丈夫って言うても、続いてるやろ。何か薬でも飲んでるん?」
「飲んでへんよ」
「ほんなら、余計に心配やわ」
母はタオルを手渡した。
「無理せんとき。ほんまにしんどかったら言うんやで」
「うん」
美咲は顔を拭きながら、母の目を見られなかった。
病院には行く。
けれど、それは母が思っているような理由ではない。
そのことを考えるだけで、胸が苦しくなった。
学校では、夏休み前の進路面談について話が出ていた。
担任が進路希望調査票を配り、提出期限を説明する。
「進学希望の人は、志望校を具体的に考えておくように。就職希望の人も、夏休み中に情報を集めてください」
周囲の生徒たちが用紙を覗き込んでいる。
「美咲、もう決めた?」
咲希が隣から尋ねた。
「まだ」
「前に言うてたとこは?」
「ちょっと考え直してる」
「そうなん? 何かあった?」
「ううん。いろいろ考えてるだけ」
咲希は自分の用紙に目を戻した。
「私もまだ迷ってるわ。決めること多すぎるし」
「ほんまやな」
美咲は用紙を見た。
進学希望。 志望校。 将来の希望。
空欄が並んでいる。
少し前なら、何を書こうか迷いながらも、未来のことを考えられた。
今は、そこに何を書けばいいのか分からない。
卒業後の生活を想像しようとしても、途中で赤ちゃんのことが浮かぶ。
出産するなら、いつまで学校に通えるのか。
産後はどうするのか。
進学することは可能なのか。
保育園に預けることはできるのか。
そもそも、育児をしながら勉強を続けられるのか。
まだ何も決まっていないのに、考えなければならないことだけが増えていく。
美咲は用紙を裏返した。
放課後、直人と病院へ行く前に会うことになっていた。
駅で待ち合わせ、二人で病院へ向かう。
直人は受付で必要な手続きを確認し、美咲の隣に座った。
「緊張してる?」
「ちょっと」
「俺もやわ」
「先輩も?」
「そらそうやろ。何を聞かれるかも、どんな話になるかも分からんし」
美咲は膝の上で手を握った。
「赤ちゃん、ちゃんと育ってるんかな」
「それを確認しに来たんやろ」
「うん」
名前を呼ばれ、診察室に入る。
医師は前回の診察内容を確認し、体調や出血の有無、腹痛などについて尋ねた。
美咲は質問に答えた。
そのあと、超音波検査を受けた。
画面に映るものを、医師が説明していく。
美咲には、すぐには理解できなかった。
小さな影が見える。
それが何なのか、どこを見ればいいのかも分からない。
「こちらが胎嚢です。週数に合った大きさですね」
医師の説明を聞きながら、美咲は画面を見つめた。
直人も隣で画面を見ていた。
「心拍も確認できますよ」
その言葉に、美咲は息を止めた。
小さな音が聞こえた。
規則的に続く音。
自分の身体の中に、確かに命がある。
その事実を、初めて目の前で見せられた気がした。
検査が終わり、医師から今後の説明を受ける。
妊娠の経過について。次回の受診について。体調に異変があった場合の対応について。
そして、妊娠を継続するかどうかについても、早めに相談する必要があると説明された。
「まだ高校生ですし、ご家族や相手の方とも話し合ってください。どちらの選択をするにしても、必要な情報をきちんと確認していきましょう」
美咲は頷いた。
診察室を出て、会計を済ませる。
病院の外に出てからも、しばらく二人とも話さなかった。
先に口を開いたのは美咲だった。
「心拍、聞こえたな」
「うん」
「ほんまにいるんやな」
「そうやな」
美咲は自分のお腹に手を当てた。
まだ何も変わっていないように見える。
服の上から触れても、何も分からない。
それでも、さっき聞いた音が耳に残っていた。
「……産みたい」
自分でも驚くほど、小さな声だった。
直人が美咲を見た。
「美咲」
「まだ怖い。学校のことも、お金のことも、どうやって育てるかも分からへん。先輩に迷惑かけるかもしれへんし、私のせいで先輩の将来も変わるかもしれへん」
美咲は一度言葉を切った。
「でも、さっき心拍を聞いて、産みたいって思った」
直人はすぐには答えなかった。
美咲は続けた。
「もちろん、聞いたからって全部決められるわけちゃう。赤ちゃんがいるって分かったから、絶対に産まなあかんってことでもないと思う。私、まだ何も分かってへんし」
「うん」
「でも、今の私の気持ちは、産みたい」
直人は美咲の言葉を受け止めるように、しばらく黙っていた。
「俺は、まだ怖い」
その言葉に、美咲は顔を上げた。
「大学のことも、生活のことも、どうやってお金を用意するかも、現実的に考えたら不安ばっかりや。親に話したら、反対されるかもしれん」
「うん」
「それでも、美咲が産みたいと思ってることは分かった。俺も、ちゃんと考えたい」
「……うん」
「ただ、産むと決めるなら、気持ちだけでは進められへん。家族にも話して、学校にも相談して、必要な支援があるか調べなあかん」
「分かってる」
「俺の親にも話す。大学のことも、これからの生活も、逃げずに考える」
直人は美咲を見た。
「一緒に考えさせてほしい」
美咲は頷いた。
その言葉を聞いても、不安が消えたわけではない。
それでも、自分の気持ちを初めて口にできたことは、少しだけ大きかった。
帰り道、二人は駅まで歩いた。
「親には、いつ話す?」
直人が尋ねた。
「分からへん。話さなあかんのは分かってるけど……」
「俺も、家で話す」
「先輩の親、びっくりするやろな」
「間違いなくな」
「怒られるかな」
「怒られると思う」
直人はごまかさなかった。
「でも、話さな始まらへん」
「うん」
「美咲の親にも、俺から話したほうがええんかな」
「それは……まず私から話したい」
「分かった。美咲が話すとき、俺も一緒に行く」
「ありがとう」
駅に着くと、直人は改札の前で立ち止まった。
「次の診察も一緒に行く。予定は調整するから」
「うん」
「それまでに、家族に話すことも考えよう」
美咲は頷いた。
電車に乗って帰宅すると、母が夕食の準備をしていた。
「おかえり。今日はどこ行ってたん?」
「ちょっと用事」
「直人くんと?」
「うん」
母は美咲の顔を見た。
「顔色、前より悪い気がするで。ほんまに大丈夫なん?」
美咲は鞄を持ったまま立ち止まった。
「お母さん」
「ん?」
言おうと思った。
今なら言えるかもしれない。
でも、言葉が喉に引っかかった。
「……何でもない」
母は少し困ったように笑った。
「何でもないならええけど。何かあったら話してな」
「うん」
自分の部屋に戻り、鞄を置く。
机の上に、病院でもらった検査の画像を出した。
小さな影。
その中に、命がある。
美咲は画像を手に取ったまま、しばらく動けなかった。
産みたい。
その気持ちは確かにある。
けれど、産みたいと思うだけでは、親にはなれない。
生活を整えなければならない。
学校のことも、進路のことも、家族のことも、直人のことも。
何より、自分自身が母親になる覚悟を持てるのか。
美咲はまだ十七歳だった。
自分の人生さえ、これからどうなるのか分からない。
それでも、今日、初めて自分の気持ちを口にした。
その言葉を、なかったことにはしたくなかった。
携帯を開き、直人とのやり取りを見た。
『一緒に考えよう』
直人の言葉が残っている。
美咲は画像を封筒に戻し、引き出しにしまった。
明日、学校に行けば、またいつも通りの一日が始まる。
咲希と話し、亮介と部室で準備をして、先生の授業を受ける。
その中で、自分だけが大きな秘密を抱えている。
いつまで隠していられるのかは分からない。
でも、もう少しだけ時間が欲しかった。
両親に話すまでの時間。
自分の気持ちを整理する時間。
そして、これからの生活を考える時間。
美咲は机の上の進路希望調査票を見た。
まだ、何も書けていない。
その空欄を見つめながら、彼女は初めて、自分の未来と赤ちゃんの未来を同時に考えようとしていた。
コメント
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「産みたい」……このタイトルがもう、心にグッときました。心拍を初めて聞いた瞬間の美咲の決意、すごくリアルで、自分ごとのように胸が熱くなりました。直人が「俺はまだ怖い」って正直に言えるところも、二人の関係がちゃんとしているなって思えて好きです。親に話せなくて、進路調査票の空欄を見つめるラストの描写……寂しくて、でも美咲の強さも感じました。続き、気になります。ruruhaさんの繊細な描写、本当に素敵です。