テラーノベル
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文化祭準備、午後。机を運ぶ当番の振り分けで、遥は普段話さないクラスの男子とペアにされた。
その男子――藤沢という。
遥のことは知っている。名前も、噂も。
「……久しぶりだな、お前と話すの」
唐突に藤沢が言った。
遥は返事をしない。ただ、机の端を持って移動に集中している。
「いや、話すってほどでもなかったか。小学校のとき、同じクラスだったよな。覚えてる?」
遥は止まる。
藤沢の口元が引きつった笑みになる。
「お前さ、掃除の時間にバケツひっくり返して、教師にめっちゃ怒鳴られてさ。あれ、わざとだった?」
遥は無言。
「てか、あのときもさ……お前、何も言わなくて……。ていうか、ずっとそうだよな。昔からさ」
机を置いたとき、遥の手が微かに震えていた。
藤沢は気づかないふりをして笑った。
「ま、今もそうだけど。お前って、なんか……いるだけで重いっつーか……空気、変わるよな」
その瞬間。
「おい」
日下部の声が入った。
教室の奥から、機材の搬入を手伝っていたはずの日下部が、いつの間にかそばに立っていた。
藤沢が軽く引いた。
「あ、別に。俺、悪口とかじゃなくて。昔の話しただけで──」
「いいから。俺やるから、もういい」
日下部は机の反対側に立ち、藤沢を静かに睨んだ。
藤沢はバツの悪そうな顔で去っていく。
残された遥は、日下部に目も合わせない。
代わりに、ぽつりと一言つぶやいた。
「……昔のことなんか、全部消えたと思ってた」
「……」
「でも、消えてないんだな。“こういう時”に戻ってくる」
日下部は何も言わず、机を持ち上げた。
遥も無言でそれに合わせる。
廊下の向こう、蓮司がヘラッと笑いながら立っていた。
「へえ。今日のクラス交流、盛り上がってんじゃん?」
誰も返さなかった。
でも、その“沈黙の選択”だけが、3人の関係を確かに浮き上がらせていた。
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