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夜8時半すぎ、南浜商店街。ほとんどの店はシャッターを下ろし、街灯の光だけがアスファルトに長い影を落としていた。
曲がり角から現れたのは、背の高い青年。グレーのパーカーに茶色のカーゴパンツ、紐が少しほつれたスニーカー。髪は癖のある短めで、左耳に小さな銀のピアスが光っている。名前は木島圭(きじま けい)、二十五歳。
ポケットの中でスマホが震えた。見知らぬ番号から、短い一文。
《冷たい方を選ぶな》
意味がわからず画面を閉じる。歩を進めると、通りの端にぽつんと赤い自販機が立っていた。塗装はひび割れ、ボタンの光はぼやけている。周囲は不自然なほど静かで、遠くの車の音も消えていた。
なぜか引き寄せられるように近づき、圭は青いランプの缶コーヒーに手を伸ばした——冷たい方だ。
押した瞬間、缶は落ちず、代わりに取り出し口から冷気が吹き出す。小さな扉が、ゆっくり奥へ開いていった。
奥は闇。湿った空気と水滴の音だけが響く。
振り返った圭の背後には、もう商店街も街灯もなかった。