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夕暮れ時の西浦市。ビル群の隙間に赤みが差し、ガラス窓が鈍く光っている。
消防点検のため、ある雑居ビルの階段を上ってくる女性がいた。
ベージュのトレンチコートに細身のジーンズ、足元は低めのヒール。髪は肩までのストレートで、暗い栗色。額から頬にかけて細い黒縁の眼鏡が似合う。名前は野田美咲(のだ みさき)、二十九歳。
階段の途中、ポケットのスマホが震えた。
《座ると消える》
見覚えのない番号からの短文に眉をひそめつつ、上りきる。
屋上は風が強く、街のざわめきが遠くで揺れていた。中央に、古びたパイプ椅子がひとつ置かれている。ペンキは剥がれ、金属の脚は赤茶に錆びていた。
近づくと、足音が吸い込まれるように消える。
ふと振り返ると、先ほどまでいたビルのドアが閉ざされ、外側から鍵がかけられていた。
胸がざわつきながらも、美咲は椅子に手をかけた。冷たく、ざらついた感触。
次の瞬間、視界が暗転し、耳の奥で何かがぱきんと折れる音がした。
——風だけが、空の上を吹き抜けていった。